Book Lounge
2021.7.5

#013 K-POPはなぜ世界を熱くするのか
田中 絵理菜(Erinam)(著)

Book Lounge #013

ファンとともにビジネスを共創するための「5つのバリアフリー」とは

K-POPビジネスについての本です。
ファンの方というよりもむしろ、K-POPにあまり馴染みのない方におすすめします。
僕自身もK-POPファンではありませんが、一読してすっかり魅了されてしまいました。
K-POPには近未来ビジネスのヒントがいっぱいだったからです。

著者のErinamさんは日本でグラフィックデザイナーとして活躍したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受けて2015年に単身で渡韓。
片言の会話しかできないまま飛び込んだ韓国で、雑誌社のデザイン・編集担当者として働き始め、K-POPムーブメントの真っただ中で5年間を過ごしました。
その間、取材を通じて出会ったキーパーソンへのインタビューをもとに執筆されたのが本書です。
K-POPがなぜ世界を熱くしているのか、その理由を「5つのバリアフリー」を通じて詳しく解説しています。
お金、時間、距離、言語、規制という5つの壁を越えることで、K-POPはグローバルビジネスへと成長しました。
では、K-POPはどうやってこれらの壁を乗り越えたのでしょうか。
その原動力となったのが、ファンダムです。

ファンダムは熱心な愛好者などを表す「ファン」と領地や集団などを表す「ダム」(キングダムのダム?)を合わせた言葉で、おもにポップカルチャーやスポーツなどの熱狂的なファンによってつくられる文化のことを指します。
ファンダム自体はジャニーズや宝塚、声優、2.5次元など、昔からさまざまな分野で存在していて、決してK-POPに限ったものではありませんが、K-POPにおけるファンダムの影響力とスケールは他を超越しています。
アイドルやコンテンツに付随してファンダムがあるというよりも、ファンダムとアイドル、コンテンツの送り手が一体となってK-POPをつくっているのです。
その意味でK-POPビジネスはファンダム・ビジネスであると言っても過言ではありません。
本書にはファンダムの活動が詳しく紹介されていますが、ファンダムの展開する「センイル広告*1」や「ファンサブ*2」、「ホムマ*3」などのさまざまなサポート活動は、どれも奇想天外で、驚くべきものばかりです。
こうした活動はファンのしあわせだけでなく、K-POPビジネスの利益にも貢献しています。
とは言っても、ビジネスの側がファンの愛につけ込んで利用しているわけではありません。

ファンの献身的な活動をビジネス上の広報活動として受け入れることで、両者が一体となってK-POPをつくりあげているのです。

この一体性がファンダム・ビジネスの特徴です。
そこには、コンテンツの供給者としてのビジネスと需要者としてのファンという明確な区分はなく、両者が融合し、協力することで新しいビジネスの形が生まれています。
それを「共創」と呼んでも良いかもしれません。
ファンと共にビジネスを創ることは、ファンのしあわせを高めるとともに、さらなるサポート活動に向けたモチベーションを高めます。
高められたファンダムのモチベーションを通じて、「センイル広告」や「ファンサブ」「ホムマ」などの奇想天外なサポート活動が、一種のビジネス・イノベーションとして創発的に生み出されてきました。
これらのイノベーションはK-POPを韓国で大成功させるだけでなく、海を越えて世界中に広めるグローバル化にも絶大な力を発揮しています。
K-POPは今や韓国語で歌われる韓国製のコンテンツを超えた「K-POPビジネスモデル」を確立し、それが各国でローカライズされることで(例えばNiziUのような)世界を席巻しているのです。

ところで、K-POPはどのようにしてファンダム・ビジネスを実現したのでしょうか。
「顧客をファン化する」という発想や、「消費者のつくるコンテンツ」といった発想は昔からありましたし、ファンダム自体もスポーツやカルチャー領域で以前から存在していました。
つまり、ファンダム・ビジネスの素地となるものは存在していました。
ですが、それが大規模でグローバルなビジネスとして成功するためには、今一つ何かが足りなかったのです。
K-POPはその足りなかった要素が揃ったことで、ファンダム・ビジネスとして開花したように思われます。
そのミッシング・ピースは何だったのか。

それは、

「インターネットの成熟化」と「ガバナンスの革新」の2つではないかと思います。

韓国のインターネット事情については本書でも詳しく解説されていて、国の政策として早くからインフラが整備されたこと、それをもとにさまざまなプラットフォーム・サービスが生まれたこと、また、消費者のネットリテラシーも高いことなどが特徴です。

一言でいうと、韓国はアフターデジタルなのです。

ちなみに、アフターデジタルというと中国がよく引き合いに出されます。
例えば、中国ではスマホ決済が当たり前で、日常生活ではほとんど現金を使う機会がないことなどが知られています。
ですが、韓国のキャッシュレス化は実は世界一なのです。
2016年時点での中国のキャッシュレス決済比率は約60%ですが、韓国は約96%です。
ちなみに日本は約20%です。
キャッシュレス化だけではアフターデジタルを語れないのはもちろんですが、日本と比べて韓国のアフターデジタルがどのくらい進んでいるのかをイメージする際に、中国をはるかに上回る状況を想像してみることはできると思います。
そして、もう一つがガバナンスです。
ここでいうガバナンスは、馬田 隆明氏が『未来を実装する』(本と対話#010)の中で述べているような、広い意味でのガバナンスです。
つまり、インターネットのような技術のイノベーションを実装するための「社会の変え方のイノベーション」のことです。
この点についても本書に詳しく解説されています。
例えば、エンターテイメント・ビジネスの生命線ともいえる著作権について、韓国では、国や企業の運用の仕方は極めて柔軟で戦略的です。
この点は、著作権が手厚く保護され、厳格に運用されている日本と大きく異なります。
著作権法だけでなく、さまざまな規制やルールなどもアフターデジタルの社会状況を踏まえながら、国や企業の戦略に沿うように、見直しを行い、柔軟に運用していこうとする姿勢が見られます。
このようなインターネットの成熟化と、ガバナンスの変革が、見えない形でファンダムを後押ししています。
「ホムマ」や「ファンサブ」などのめざましい活動は、こうした条件が揃うことで初めて可能になっているのです。
K-POPがジャニーズなどに大きな影響を受けてきたことはよく知られていますが、ジャニーズを生んだJ-POPのマーケットが日本国内にとどまっているのに対して、K-POPはグローバルビジネスへと飛躍しています。
この差を生んでいるのは、もちろん韓国と日本の国内マーケットの規模の違いもありますが、それだけでなく、インターネットの成熟とそれにともなうガバナンスの問題が大きいと思われます。
日本がいかにインターネット後進国であり、旧態依然としたガバナンスがデジタルテクノロジーの活用を阻んでいるかについては、コロナ禍において痛いほど思い知らされました。
しかしながら、こうした状況はそれほど長くは続かないと想定されます。
というのも、2024年を境に日本の労働人口に占めるMZ世代以下の比率がそれ以上の世代を上回るからです。
デジタル・ネイティブな将来世代がマジョリティーになることで、インターネットの本質である「個のエンパワーメント」が実現されていきます。
これまでの大企業に代わって、ファンとしての顧客と共創する多様なスモールビジネスが台頭することで、新しい経済が生まれる可能性があります。
こうした可能性を示唆しているのがD2Cですが、D2Cにおける顧客=ファンとの共創をさらに進化させ、その熱量と活動を高めることでスケールをも実現しているのがK-POPです。
その意味でK-POPはD2Cの先を示しているともいえます。
近未来ビジネスとしてのK-POPに学ぶとともに、今後の進化に注目したいと思います。

*1 アイドルや芸能人を応援するために、ファンが出稿する広告のこと。「センイル」とは韓国語で誕生日を意味する。

*2 「fan-subtitled」の略で、ファンが映像に字幕をつけたもの、またその活動のこと。

*3 「ホームページマスター」の略。アイドルや芸能人の写真・動画を撮り、それを自身が運営するファンサイトに掲載する人のこと。

この記事に関するTweet

記事一覧

#015 NFTの教科書
ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来
話題のNFTを、28人の執筆者がそれぞれの視点でひも解くテキストブック。

#014 グッド・アンセスター
わたしたちは「よき祖先」になれるか
地球と人類を守るために必要な「長期思考」へ。SDGsに違和感を覚える人におすすめしたい1冊。

#012 恋するアダム/クララとお日さま
「AI」という題材を通して、人間のあるべき姿を映し出す二冊の小説をご紹介します。

#011 経営の針路―世界の転換期で日本企業はどこを目指すのか
これまでの世界経済、これからの日本企業を長期的思考で分析する、経営企画担当必携の経営書。

#010 未来を実装する―テクノロジーで社会を変革する4つの原則
テクノロジーを活用して社会課題の解決をめざす起業家や、企業の新規事業担当者にとって必携のハンドブック。

#009 ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく
コロナ禍で加速する大転換において、ビジネスに求められる「小さくあること」の重要性を説いてくれる一冊です。

#008 三位一体の経営
経営者と投資家の視点を持つ著者による、経営者・従業員・株主がみなで豊かになるための「三位一体の経営」とは。

#007 世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学
コロナ禍で気づいた、日常に存在する無数の「贈与」。withコロナにおいて読まれるにふさわしい一冊です。

#006-2 現代経済学の直観的方法
暴走する資本主義を止める方法とは。経済社会の原理を明らかにし、未来につながる経済学を紐解きます。

#006-1 現代経済学の直観的方法
資本主義の本質をつかむ直感的方法と、これまでの常識を超える新しい社会のあり方について学べる経済書です。

#005 無形資産が経済を支配する—資本のない資本主義の正体
昨今のオープンイノベーション・ブームの理由とは?企業投資が無形資産へシフトする中、私たちに必要な視座を教えてくれます。

#004 次世代ガバメント―小さくて大きい政府のつくり方
小さい政府⇔大きい政府の二項対立を超えたその先にあるものは?デジタルとリアルが融合する時代、政府のあり方も変わります。

#003 D2C―「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略
ビジネスに革命をもたらす「D2C」とは?D2Cの本質に迫る完成度の高い入門書です。

#002 アフターデジタル―オフラインのない時代に生き残る
ビフォアデジタルからアフターデジタルへ。視点の転換で、世界の見方が一変します。

#001 宇宙船地球号 操縦マニュアル
人類が直面する危機を前に「富=お金」ではないという大きな気づきを与えてくれます。

おすすめ記事

tsumiki証券、手挙げでCOOが誕生!
tsumiki証券のCOOが手挙げで決定!?CEOとCOOにインタビューしてみました!

学生で「起業」という選択肢を選んだワケ
学生でありながら、「起業」という道を選んだ理由は何なのか?起業をめざす「YOMY!」の3人に聞きました。

教育を通じて境界線を溶かしたい
平原依文さんに、「教育を通じた境界線のない世界の実現」という想いを持つきっかけや挑戦したいことについてうかがいました。

誰にでも「ついついやっちゃうこと」はある。それが「才能」
才能とは何か。それを見つけるヒントとは。皆がしあわせになれる組織のあるべき姿を模索します。

仕事はなぜ「苦役」なのか 働く喜びを考える(2)
人が「苦役」だと感じる仕事は、余暇よりも没頭している"フロー"の時間が長い?根強いステレオタイプの前提を覆すには。

K-POP好きを仕事にする社員に密着取材!
好きを仕事にするSNS担当者に密着!普段は見られないお仕事の裏側や想いをご紹介します。

ピッチイベントからの協業!Soziさまのリアルイベント「Replay展」開催
イラストアプリ「pib」のリアルイベントをご紹介!Sozi CEO 宮村さんへのインタビューも行いました。

活動の原点となった「フロー理論」 働く喜びを考える(1)
仕事が忙しくても熱中できる人が体験している“フロー”とは?

自律的で個性が大切な時代に向けたソーシャルメディアの使い方
株式会社ガイアックスの代表(兼 取締役)を務める上田 祐司氏にソーシャルメディア の活用についてお聞きしました。

丸井グループ本社で働くスタッフのファッションチェック!
さまざまな仕事をしているスタッフのファッションのこだわりポイントをご紹介します。

「もう私やってられま川柳」結果発表!
「ジェンダーイクオリティ」について、身近な事例をもとに一緒に考える「もう私やってられま川柳」結果発表

睡眠不足は変革のボトルネック 適応的知性に影響する要素(1)
体の機能だけでなく、思考力なども低下させる危険性がある「睡眠不足」について、印象的な実話を語ります。

有楽町マルイの店長の仕事内容に密着!
出勤から退勤まで店長のお仕事内容をご紹介します。1日に密着して分かった“心構え”は必見です!

誰もが尊重され、多様な人が共存できる社会をめざして
訪問介護などを行う(株)土屋 代表取締役の高浜 敏之氏に、多様な社会を実現するポイントなどについておうかがいしました。

K-POPの発展を支えるファンダムの存在とは
『K-POPの発展を支えるファンダムの存在とは』の著書である田中 絵里菜氏に、ファンダムについてお聞きしました。

リサイクルを推進!12種類の分別ごみ箱「ecobo(エコボ)」
社員一人ひとりの環境やリサイクルに対する意識の向上をめざすために誕生した「ecobo」についてご紹介します。

【進化する物流倉庫の裏側】障がいのある方の雇用推進やロボットとの協業!
障がいのある方の雇用推進やロボットとの協業の物流倉庫の二つの側面をご紹介します。

【マルイあるある】丸井グループ社員の素の姿を大公開!
丸井グループの社員が日常でよく見かける「マルイあるある」をドラマ風に再現しました。役員の方も登場します!

【予算3,000円以内】人と地球に優しいおすすめプレゼント4選
5PM JournalのHirokoさんから、日ごろの感謝を伝えられるサステナブルなプレゼントを4つご紹介!

#008 冷蔵庫に余っている食材でサルベージクッキング!
余っている食材で料理にチャレンジし、おいしく無駄なく食材を使い切ることに挑戦しました。