ダイバーシティ&インクルージョン
2021.2.5

人生に当たりはずれはない、皆が大切にされるべき存在

山本 昌子 ボランティア団体ACHAプロジェクト 代表

すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現に向けて、各界のリーダーから提言をいただく連載コンテンツ「Inclusion Rally」。第4回は児童養護施設出身者に、成人式の振袖撮影の支援や居場所支援を通じて「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちを伝える活動を行うボランティア団体「ACHAプロジェクト」代表の山本 昌子さんにインタビューをさせていただきました。現在の活動にいたるまでの、ご自身が児童養護施設で大切にされた経験や、「つながり」の大切さについておうかがいしました。

目次

    ――山本さんご自身の生い立ちと、身近な人とのつながりの大切さを感じたきっかけを教えてください。

    山本:私は、生後4カ月から19歳まで、乳児院や児童養護施設、自立援助ホーム*¹という施設で過ごしました。父からのネグレクト(育児放棄)が原因でした。母が出て行ってしまい、父は「男は仕事、女は家で子育て」という感覚の人だったので、自分が育てるという想像がつかなかったのだと思います。
    私が住んでいた施設は一軒家で、子ども6人に大人3人がつく形で、幸運なことに本当の家族のように育てていただきました。未だにとても仲が良く、誕生日やお盆休みなど皆が実家に帰るような時期には、当時の職員さんの実家などに泊まりに行きます。最初は職員と子どもという関係でしたが、今は人と人として対等につながっています。血のつながりはないのですが、お互いのことを「心の家族」と呼んでいて、「誰から生まれたかではなく、誰に育ててもらったかが大切だよね」とよく話しています。私は子どものころから施設出身者だということを隠したことはなく、それがごく当たり前で、劣等感を感じたこともまったくなかったです。

    ――話をおうかがいしていて、施設の職員の方たちともすごく深い関係なのだなと感じます。

    山本:そうですね。長い年月一緒にいたということもありますが、何より職員の方がすごく愛情深い方たちでした。ただ優しいだけではなく、「靴はちゃんと並べなさい」といったような常識的な部分も厳しく教えてもらいました。「施設にいるということを負い目に感じる必要はないけれど、世間はマイナスにとらえるかもしれないという自覚を持って生きる必要があるんだよ」と、きちんと言葉にして伝えてくれました。

    ――山本さんにとって、施設はどのような場所でしたか?

    山本:私の人生のすべてです。父は父なりに私のしあわせを願って、自分が育てるより施設で育った方が良いと思って施設に預けたと、私にはっきりと言いました。私自身もその選択に満足しているし、そう思えるくらい職員さんたちが自分を愛情で満たしてくれたことに感謝しています。

    ――児童養護施設には何歳までいらっしゃったのですか?

    山本:18歳まで施設にいて、卒園後は自立援助ホームという、職員さんも常駐している自立のためのシェアハウスのようなところで1年ほど過ごし、翌年に保育の専門学校に入学しました。
    私はとても自己肯定感が強いタイプだったのですが、施設を出てからの4年間は、人生で初めて「生きている意味がわからない」と思った時期でした。「18歳になったら施設を出なければいけない」ということは理解していたつもりだったのですが、心が追いつかなかったのです。児童養護施設の職員になるために専門学校に行きたかったので、きちんと貯金などはしていたのですが、「いつ死んでもいいかな」という気持ちで生きていました。

    ――そのような状況から、どのように抜け出したのでしょうか?

    山本:「生い立ちの整理」をしました。「生い立ちの整理」にルールはなく、私の場合は過去に知り合った方々に1年かけて会いに行きました。
    しばらく会えなかった人たちと会い、過去を辿ることで、こんなにも自分は愛されていて、温かい環境で育ったということに気づきました。どこか悲劇のヒロインになりたい自分もいましたが、もうやめようと思いましたね。すごくつらかったですが、それでも愛されていた自分の過去はうそをつかないと感じました。

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    取材をさせていただいた山本さんのご自宅は、「まこちゃんHOUSE」として、皆が集える場所になっています

    「生まれてきてくれてありがとう」を伝える振袖事業

    ――先ほど児童養護施設の職員になりたいというお話がありましたが、きっかけはご自身の経験でしょうか?

    山本:児童養護施設に戻ることで、自分の居場所に戻れると思っていたように感じます。でも、それも育て親の職員さんには全部見透かされていて、「あなたは自分のために施設に戻りたいと思っているのだろうけれど、それは違うよ」と怒られ、はっとしたんです。
    今は施設の外側から、子どもたちに足りないものをどんどん与えられる人になりたいと思っています。

    ――山本さんが代表をされている「ACHAプロジェクト」について教えてください。

    山本:おもな活動は、施設出身の子の振袖撮影を通して「生まれてきてくれてありがとう」というメッセージを届ける振袖事業です。
    きっかけは、専門学生だったころ、私が成人式で振袖を着ていないことを知った先輩が、商業施設の撮影スタジオで写真を撮ってくれたことでした。その経験がうれしくて、その人が「あちゃさん」というニックネームの方だったので「ACHAプロジェクト」になったんです。
    今はコロナ禍をきっかけに活動の幅が広がり、居場所づくりの取り組み(居場所事業)や食品の支援など、施設卒園後のアフターケア全般を行っています。

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    部屋には振袖で撮ったお写真が飾られていました

    ――居場所事業とはどのようなことをされているのですか?

    山本:コロナ禍で振袖事業ができなくなり、全国の施設在籍者や出身者に呼びかけ、SNSなどで皆とのつながりの場所をつくりました。
    今では、毎月15日に皆で集まってごはんを食べるようになり、毎回15~20人くらいが集まります。台風が来た時や心細い時、大晦日やクリスマスといった、皆が本当に会いたい時こそ自由に来られる場所を実現したいと思っています。
    皆は私のことを支援者というよりは仲間だと思ってくれていて、私も何かをしてあげるのではなく、皆が支援を求めて「自分たちの手で受け取りに来ているんだよ」というコンセプトを大切にしています。皆からは、「本当に最高の人間だな!」「こういうつながりができるのって奇跡だよ」という声をかけてもらっています(笑)。

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    「まこちゃんHOUSE」に置いてある「こんにちはノート」には、来訪者からの温かいメッセージが書かれています

    皆大切な存在だから、自分のことをもっと好きになってほしい

    ――現在の活動でめざしている目標やビジョンについて教えてください。

    山本:振袖の活動は全国に展開したいと思っています。というのも、施設によってケアの度合いが異なると感じているからです。良い施設も悪い施設もあり、くじを引くようだと感じていた時期もありますが、本来そうあるべきではないと思っています。自分の活動を通して、特別な人が振袖を着られるのではなくて、皆が当たり前に着られて、生まれてきたことを祝われるべきだということを知ってほしいと思います。
    居場所事業は、これからも必要なことがあれば可能な限りかなえていきたいと思っています。今の施設出身者は、失敗しても実家のように戻る場所がないため、職場が自分に合わないと感じても転職を簡単にすることができません。働き続けないと生きていけないので、転んでも起き上がるしかありません。そのため今後は、シェアハウスというよりは実家のような、起き上がるまでに自分の生きたい道をきちんと考えられるような環境を整えていきたいと考えています。

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    ――そのために、我々や将来世代の学生に望むこと、またメッセージがあれば教えてください。

    山本:皆さんが私の活動に何かしたいと思ってくださることはとてもうれしいのですが、まずは自分や家族を大事にしてほしいです。特に学生の方は自分の親と、どういう想いで自分を育ててくれたのかについてよくお話しして、嫌だと思うことは抱え込まないで感情表現をしてほしいです。「嫌だ」「うれしい」など自分の声をきちんと聞いて、頑張りすぎていないか、自分は本当にこれがやりたいのかを問いかけて、皆が自分を大切にしてほしいなと思います。
    また、日本全体に感じるのが、自己肯定感が低いということです。人のためにと活動しているけれど、自分のことは好きになれない人もいて、すごく違和感があります。なぜなら、私が自分を大切に思えなかった時は、他人のことも大切に思えなかったからです。まず自分のことを好きになって、それからまわりの人のことも大切に思えるようになってほしい。それが何よりも大切だと思います。だから、自分のことをほめて、自分のことを好きになってください!
    「皆、大切にされるべき存在なんだよ」ということを、ACHAプロジェクトの活動を通して、多くの人に伝えていきたいです。

    ――前回ご登場いただいたブルボンヌさまからのご質問「最近、推進の方向には向かっているそうですが、日本では家庭で養育される里親制度が欧米に比べてかなり遅れているとうかがっています。性的少数者の多くは子どもと縁遠くなりますが、愛情をもって子どもを育てる夢を持っている方も多いです。擁護を要する児童と性的少数者カップルの縁組の可能性について、どう思われているかうかがいたいです。」に対してはいかがでしょうか。

    山本:子どもが愛され、しあわせを感じられる環境をつくれるなら、とても良いことだと思います。ただ、お互いが傷つかないように、性の自由についてきちんと言語化して伝えることが必要だと思います。私も血のつながりのない親から育てられましたが、コミュニケーションや言葉にすることは重要だと感じています。本人たちがどんなにしあわせでも、まわりに理解がなければ傷つけられるかもしれないので、周囲の理解も必要だと思います。

     

    *¹自立援助ホーム...何らかの理由で家庭に居られなくなり、働かざるを得なくなった、原則として15歳から20歳までの子どもたちに暮らしの場を与える施設。
    Profile
    山本 昌子 上智社会福祉専門学校 卒業。保育士資格を取得。生後4カ月〜2歳 乳児院、2歳〜18歳 児童養護施設、18歳〜19歳 自立援助ホームにて育つ。 2016年3月、児童養護施設出身者へ振袖を着る機会を提供し、「生まれてきてくれてありがとう」を伝えるボランティア団体「ACHAプロジェクト」を設立し、代表を務める。 児童養護施設出身者3人組YouTube情報発信番組「THREE FLAGS-希望の狼煙-」のチームメンバー。「虐待環境から逃れ、社会的養護に保護された子ども達が適切なトラウマやメンタル治療ケアを受けられることを求めます」署名活動発起人としても活動。

    ―次回ゲストへつなぐラリー

    次回ゲストには、ジャーナリストである治部 れんげさんをお迎えします。治部さんに何か聞きたいことはありますか。
    山本:日本の子育てで大事だと感じていることはありますか?また、子どもの幸福度の向上に必要なことは何だと思われますか?
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