Book Lounge
2020.12.26

#008 三位一体の経営
中神 康議(著)

Book Lounge #008

経営者と投資家の視点をあわせ持つ著者が提言する「三位一体の経営」

久々に読みごたえのある本です。
頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました。
私は熱中してくると余白に書き込みをする癖があるのですが、本書には久しぶりに書き込みをしました。
大事なキーワードや自分の考えを記すだけでなく、著者の考えを自分の言葉で言い替えてみたり、「それはむしろ、こういうことなのでは?」と疑問を投げかけたりもします。
そうしていると、時には昔の記憶がふと蘇ってきて、「ああ、あの時のことはこういうことだったのか」と思い当たったり、誰かと交わした会話が思い浮かんだりします。
本の余白を超えて、心の中でさまざまな対話がくり広げられます。
思うに優れた本とはこのような対話を誘発してくれるものではないでしょうか。
その意味で本書は、このブックレビューのタイトルである「本との対話」にふさわしい一冊だと思います。

著者の中神さんは日本を代表する厳選投資家で、みさき投資という会社の社長です。
厳選投資家というのは長期投資家の一種ですが、幅広い会社に投資する分散投資家に対して、厳選した少数の会社だけに投資するところが特徴です。
しかし、みさき投資は単なる厳選投資家ではありません。

その真髄は「働く株主®」というコンセプトにあります。(「®」がつくのはこの言葉を商標登録しているから!)

中神さんは「自分がすばらしいと思う会社・経営者に投資させてもらい、株主として経営にかかわり、汗をかく。株主として良い仕事ができれば会社が良くなり、投資リターンも上がるだろうというコンセプト・仮説」と述べています。
この「会社・経営者と共に働き、汗をかく」というところが、みさき投資のすてきなところで、大好きなところです。
仕事柄多くの投資家の方とお会いしますが、こうしたパートナーシップの視点、言い換えると「共創」のスタンスを持った投資家の方というのは、実はものすごく少ないのです。
感覚的には1%未満といったところでしょうか。
ですから、みさき投資は本当に貴重な存在なのです。
真摯な経営者であれば、誰もがみさき投資のような投資家に株主になってもらいたい、またそれにふさわしい会社になりたいと熱望するのではないでしょうか。

中神さんがこうした独自のスタイルを確立するにいたった背景には、経営コンサルタントとしての経験があるようです。
20年間にわたって幅広い業種の経営コンサルティングに取り組み、クライアントと共に優れた戦略を立案・実行することで企業価値が大きく向上し、結果として株価が上昇することを数多く経験してきました。
この経験をもとに「働く株主®︎」のコンセプトを考案し、投資の世界に参入したのです。
企業価値に関しては、一般的に経営者は企業価値の「創造」を、投資家は「評価」を行うとされていますが、中神さんがこの区分けを超えて経営者と共に企業価値を「共創」するスタイルを築き上げたのは、コンサルタントとしての経験によるものだと思います。
ちなみに、これとは逆の経緯で同様のスタイルを確立したのが当社の投資調査部長である佐藤 明さんです。
佐藤さんは証券会社のアナリストでしたが、独立してコンサルティング会社「バリュークリエイト」を立ち上げ、経営コンサルティングと投資を一体化したビジネスを行っています。
お二人に共通しているのは、経営者と二人三脚で企業価値を上げていこうというスタンスです。
そして、

本書で中神さんが提唱するのは、この二人三脚を日本企業の特徴である経営者と従業員の二人三脚と融合させる三人四脚の経営です。

ただし、三人四脚では格好悪いので「三位一体の経営」としたのでしょう。
「三位一体の経営」は日本経済の過去30年間を振り返り、そこから導き出される「不都合な真実」を直視することから生まれました。
それは、「日本企業にかかわってきた人は、みなで貧しくなってきた」という事実です。
実質賃金はこの30年間で、ほとんどの先進国が1.3~1.5倍に上がっているのに対して、日本だけは1.05倍とほとんど増えていません。
日本企業のROAは横ばいをキープしていますが、一方で労働分配率(企業が生み出した付加価値のうち、労働者に分配されている割合)は長期停滞傾向です。
つまり、働くみなへの配分を減らしながら、なんとか利益をひねり出してきたのです。
では、株主は儲かったのかというと、こちらも欧米の株価が7倍から10倍と上昇している一方で、いまだに30年前の水準を回復できていません。
つまり、従業員も経営者も株主も誰も儲かっていない。
「みなで貧しくなってきた」のです。
これは一体どういうことでしょう?
「経済のエンジンは企業。企業のエンジンは経営」という原則に立ち返ると、日本企業の「経営」の何かが変調をきたしている、と中神さんは言います。
それは、おそらく日本企業の「経営OS」が旧弊化してしまったからで、アップグレードが必要です。
旧弊化した「経営OS」を象徴するのが、かつての「日本的経営」の代名詞であった経営者と従業員の「二人三脚」経営だとすると、これに、それまで異質の存在だった投資家を招き入れること、すなわち「経営者と投資家の薩長同盟」によって経営OSを刷新し、「新・日本的経営」をつくるという構想です。
なんだか明治維新みたいでワクワクしますね。

本書には「投資家の思考と技術」を経営に取り込むことで、経営者、従業員、株主がみなで豊かになるための道筋が示されています。

全体で10のステップがあり、1~6のステップで最初の目的地である山の頂上をめざします。
その後、ステップ7~9で死の谷を乗り越えるとゴールである「みなで豊かになる経営」に到達します。
ちなみに、次のようなステップです。

Step1:複利の力
Step2:超過利潤
Step3:事業経済性
Step4:障壁
Step5:リスクとコストという「投下資本」
Step6:事業仮説
Step7:集団意思決定
Step8:平均回帰
Step9:アクティビズム
Step10:三位一体の経営

タイトルだけ見ても何のことかわかりづらいかもしれません。
ですが、実際に読んでみると、これらのステップをたどることは優れた経営を実現するためのロールプレイング・ゲームになっています。
人によっていくつか難所はあるかと思いますが、経営者になったつもりで最後までチャレンジしてみてください。
経営学の本や経営者の書いた本からは得られない深い学びが得られると思います。

では、なぜ本書が優れた経営学や経営者の著作を上回ることができているのかというと、それは、

中神さんが経営者と投資家という一見相反すると思われている存在を統合した極めてユニークな視点から経営を考察しているからです。

「経営者と投資家の本質的な機能は似ている」と中神さんは言います。
「経営者と厳選投資家の思考様式は対極」ですが「本質的機能においては完全なる相似形」なのです。
したがって、「経営者と投資家は互いの思考様式を学び、交換し合うことで、それぞれの立場で求められる機能を高めることができる。」
このことは、高名な投資家であるバフェット氏の「私は投資家だから良い経営ができる。私は経営者だから良い投資ができる。」という言葉を裏打ちするものでもあります。
経営者と投資家は「混ぜるな危険」ではなく「混ぜると最強」だったのです。

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