ダイバーシティ&インクルージョン
2022.2.7

0か1かではない、グラデーションの中で生きる

すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現に向けて、各界のリーダーから提言をいただく連載コンテンツ「Inclusion Rally」。
第10回は「多様な企業や人がつながり、皆で成長していく」というテーマで、株式会社髙木ビル/BIRTH 代表の髙木 秀邦氏に、髙木ビルにかける想いや、髙木さんの考える「グラデーションのある社会」についてお聞きしました。

目次

    ミュージシャンから不動産会社経営者へ

    ――髙木さんは「株式会社髙木ビル」三代目社長ですが、どのようなお仕事をされているのですか。また、会社を継ぐまでの背景も教えてください。

    髙木ビルは創業60年を超える老舗の貸しビル会社です。資産として持っているビルをお客さまにお貸しするので、息の長い安定経営が求められる業種です。そのため、古い慣例が多く残っている部分もあります。ですが、髙木ビルはファシリティ(施設、設備)というハード面だけに頼らず、テナント企業さまやそこで働く方々の人生に寄り添ったビジネスにしたいと考え、「For "Stand by me."」というフィロソフィーを掲げています。

    祖父が髙木ビルを起業し、僕は長男でしたので、生まれたときからずっと「跡取り」というレールの上を歩いている感覚がありました。嫌ではなかったのですが、そのせいか小さいころから無邪気に夢を持てませんでした。もちろん、子どもらしくスポーツや遊びが好きだったのですが、将来像にはつながらなかったんですよね。今思えば、それは跡取り以外の可能性を感じていなかったからだと思います。

    そのような中、高校で音楽という初めて自分が自分ごととして本当に熱中できるものに出会い、すごく傾倒していきました。それがパワーに変わり、おかげでロックミュージシャンとしてプロデビューもしましたが、最終的には全く売れず夢破れてしまいました。ミュージシャンをやめ、初めての就職活動をして、不動産営業を経験。その後髙木ビルに入社しました。

    ビルオーナーとして会社に入社した当時は、お客さまと触れ合う機会がほとんどありませんでした。安定したビル経営をしていくにあたって、大手企業や経営実績や財務に信頼のおける企業に絞って入居審査を通すというリスクマネジメントを長年しており、入社当時は「ビル経営ってこういうものなんだな」と思いながら働いていました。

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    ミーティングの様子

    ――そこから今の考え方に変わるのには、何か転機があったのですか?

    入社から1年後、東日本大震災がありました。計画停電の影響でオフィスをまともに稼働できず、日本経済も停滞していたので、大手の企業が入っている高層ビルでもテナントさんの退去がとても多くなりました。私たちも煽りを受け、数多くのテナントさんに「ここよりもスペックの高いビルから、"賃料半額、1年間はタダ"という条件で誘いを受けている。同じ条件ならここに残る」と言われました。まさに喉元にナイフを突きつけられたような感覚でした。

    ちょうど、震災の中、自分の人生も含めて、祖父や父から継いでいく会社をどう守っていくべきか考えていた時期だったので、とても悩みました。自分がここで価値を落としてしまっていいのかと。結局は悩みに悩みすべてお断りしたのですが、その時に「自分たちにはハード面以外で返せる刀がないな」と感じました。「今のままのハードだけに頼った戦い方では、今後も負け続けてしまう」と思いました。

    そこで、今まで仲介業者や管理会社にある意味丸投げしていた業務を、自ら参加して行ってみたところ、今まで知らなかった髙木ビルに対する良い話も悪い話もたくさん聞けるようになりました。自分が今まで、料理を食べていただくお客さまの顔を見ていない料理人だったように感じて、非常にショックを受けました。

    皆さんのお話をお聞きすることで、不動産業はハード面を支える仕事だけでなく、その中で過ごす人たちのためにあるんだと実感しました。そういったことがきっかけで、今まで不動産業とは遠いイメージだった「人や想い」に寄り添うビジネスにしたいと思い、今のフィロソフィーを設定しました。

    入社時はビルオーナーとして神輿に担がれているような感覚でしたが、今は一緒に働く皆のことをバンドのメンバーのように思っています。同じテーブルでセッションをして、お互いの音を出し合う中で、偶発的な音が共鳴し合って、良い言葉やアイデアが生まれる。不動産経営しながらグルーヴを感じています(笑)。

    皆が成長する土壌になりたい。その架け橋となる「BIRTH」プロジェクト

    ――髙木ビルの「BIRTH」プロジェクトでは、コワーキングオフィスなどによってスタートアップ企業の成長支援やつながりの場を提供されていますが、きっかけは何ですか。

    「BIRTH」プロジェクトは、髙木ビルに入居したベンチャー企業のお客さまから「創業してからオフィスビルに移転できるまでが大変」と聞き、そのころはまだシェアオフィスも少なく、その部分を「なんとかしたい」と思ったことがきっかけで始めました。

    私たちなら、ベンチャー企業がシェアオフィスで成長したあとも、オフィスビルをお貸しすることで末永くお付き合いすることができます。「BIRTH」は単なるサービスではなく、人のつながりによって、自然と知識や経験が集まる場所をめざしています。成長の土壌となるような場所で、多様な養分があれば、皆さんが想い想いの種を植え、発芽して新たな価値を創造する土壌になれる。そんな世界観から「BIRTH」という名前にしました。あくまでも土壌なので我々は地上には見えてきませんが、そこにさまざまなものが咲き誇っている、というのが僕の考える在り方です。

    成長は必ずしも数字には見えてこないかもしれませんが、すごく大事なバリューであるっていうことを、お客様との会話の中や接することで実感していきました。そうやって一緒に成長していくお客さまにとって、我々は伴走者・伴奏者で在りたいと考えています。

    ――今までは蔑ろにされていた、目に見えない「想い」をとても大切にされているんですね。

    もちろんファシリティとしての役割も大事ですが、我々はそれ以上に想いも大事にしています。安くて便利など、利便性だけに特化されている事業者さんもいれば、我々のような会社もあって、どちらが良いというわけではありません。私たちのお客さまでも、ほかのシェアオフィスと一緒に使っている方もいらっしゃいますし、「今日は『BIRTH』で触れ合いたい」というように、自由に使っていただきたいです。仕事とプライベートを切り分けるのではなく、グラデーションのように融合させていく生き方こそ、これから求められていることだと思います。私たちのようにそれを後押しする場所が増えることによって、人それぞれのちょうど良い場所が見つかる。そういう不動産のおもしろさを感じています。

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    レンタルスペース・コワーキングスペース BIRTH LAB

    僕らのチャレンジが大きな未来につながっている

    ――髙木さんが不動産の新しい価値の創出に積極的にチャレンジされているのは、今後不動産業界を変えたいという意思があるからでしょうか?

    それは少し違いますね。新しいことだけが正しいのではなく、変わらないことで守られてきたものや、良さがあります。「変える」よりも、「拡げる」ような、変わらない良さを大切にしつつ、新しい良さを生み出していくことでグラデーションをつくっていくイメージです。

    希望するお客さまも多いので、我々のビルにも、通常の賃貸借契約の形態も多く残っています。だからと言って、「想い」の部分は関係ないと思うので、そこはどんどん変わっていくべきだと考えています。テナントさんとの関係性や、不動産会社を経営する想いがもっといろんな形で、いろんな方々に表現してもらえると、楽しい不動産業界になると思うんですよ。我々のような会社がチャレンジしていくことで、少しずつそのグラデーションを拡げていきたいです。

    ――これから髙木ビルがつくり出す「新たな価値」を通じて、どのように社会に影響・貢献したいかをお聞かせください。

    今の日本が、「停滞した20年」と言われていることが悔しいですし、子どもたちに明るい未来をつくりたいと思っています。日本にもっと元気になってもらうために、髙木ビルや「BIRTH」では、仕事で得ることが難しい充実感や楽しさをもっと増やしていきたいです。「日本を元気にする」と一言でいうと、それはとても遠く大きな目標になりますが、その大きな目標につながる軌跡を描いて、今この地点から自分に何ができるのかが大切だと思っています。髙木ビルと「BIRTH」のチャレンジが大きな一歩になり、必ず未来につながっていると信じています。

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    ――前回のゲストの太田さんから、「『私らしさ』とはいったい何か。そんなものが自分にあるのかと悩む若者が増えている気がします。僕は髙木さんに初めてお会いした時から、唯一無二の『髙木さんらしさ』を感じているのですが、ご自身で自覚している『私らしさ』は何だと思われますか?また、『私らしさ』に悩む若者へ伝えてあげたいことはありますか?」という質問をいただいています。

    僕の自分らしさは、誰よりも一番ワクワクしちゃっているところですかね(笑)。まわりから「髙木さんはなんでいつもそんなに楽しそうなんですか?」とよく言われます。眉間に皺を寄せている時ももちろんありますが、いつもワクワクを求めていることが自分らしいと感じます。自分のワクワクって、人に伝わると思っていて。だからそういうワクワクしている姿っていうのが、「髙木らしさ」だなと思います。

    「私らしさ」に悩む若者に一番伝えたいのは、自分らしさを無理に今見つける必要はないということです。世界は広いので、もっといろんなものに触れて自分の可能性を拡げてください。自分らしさって、ふと後ろを振り返ったときに「自分らしい軌跡」があった、ということだと思うんですよね。BIRTHでは『91°の人生を歩もう』というフィロソフィーを掲げています。これは、垂直で前にも後ろにも進まない90°ではなく、今よりも前にたった1°だけでも日々歩みを進め続けることができれば、きっと新しい価値に出会うことができる、そんな人々の伴走者になりたい、という想いを表しています。日本の未来を担う若者には、自分らしさを見つけることに悩むのではなく、日々一歩一歩前に進み、その生きていく軌跡が自分らしさだと思えるようになってもらえれればうれしいです。

    Profile
    髙木 秀邦 1976年⽣まれ。早稲⽥⼤学商学部卒業後、プロのミュージシャンとして活動。
    その後、信託銀行系⼤⼿不動産仲介会社で営業を務めた後、祖⽗が1961年に興した株式会社髙木ビル⼊社。3代⽬社⻑として、東京都中⼼に⾃社ビル・マンションの設計開発から管理運営までを⼿がけ、「オフィスビルの新たな価値創⽣」を掲げて活動している。⾃社ビルの中で企業が出世していく過程を伴⾛するという経営思想を実現する「次世代型出世ビル」や、個⼈やスタートアップの成⻑を促しチャレンジに伴⾛するコミュニティブランド「BIRTH」など、新しい価値観の不動産プロジェクトを次々と展開中。
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