Well-being
2022.11.7

医学から見る、D&Iの本質 女性活躍を糸口に、想定外に強い組織へ

経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「ウェルビーイング」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康で生き生きと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるウェルビーイング経営とは何か。
産業医と取締役執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島玲子氏が解説します。
出典:「日経ESG」2022年4月号 連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルビーイング経営のススメ」より

目次

    人間は多様な脳のパーツを生かすことで、不測の事態への対応力を高めている。組織においても人の多様性を生かせるかどうかが、不確実性に対応する鍵となる。

    これまで人間の脳はしばしば、「男性的か女性的か」のように、二元論的に語られてきました。たとえば「男性は空間認識に優れ、女性は言語能力に優れている」というように。

    ところが近年、ほとんどの人の脳は、その領域をパーツで見ると、男性に多く見られる特徴と女性に多く見られる特徴が組み合わさった「モザイク」のようになっていることがわかってきました。1人の脳の中に、男性と女性それぞれの脳の特徴と言われる部分が入り混じって存在し、その人の個性を創り出しているのです。

    2021年3月、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は156カ国中120位と低い順位でした。

    世の中のジェンダー意識に、日ごろさほど課題を感じないと言う人もいます。しかし、例えば「男性は仕事、女性は家事」のような性別役割分担意識は、子供の頃から徐々に慣らされて無意識化していきます。そのため、たとえ心の奥底に生きづらい気持ちが溜まっても、「そういうものだ」ととらえて認識できなくなる場合も多いように思います。

    人を性別で規定した枠にはめ込めば、その人のモザイク脳の片方は阻害され、能力を十分発揮できなくなってしまいます。

    「男性育休100%」の先に

    丸井グループは約5000人いる社員の半数弱が女性です。女性活躍推進を糸口に、誰もが個性と能力を発揮しやすい組織を目指しています。14年に「女性イキイキ指数」を設定し、目標を具体的に定めて取り組みを可視化してきました。

    いまだ道のりは半ばですが、これにより男性社員の育休取得率が19年以降3年連続で100%になるなど、一定の成果を上げてきました。そこで21年、「新・女性イキイキ指数」を設定しました(下の表)。

    ■ 丸井グループの新・女性イキイキ指数(2021年~26年)

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    出所:「共創経営レポート 2021」(丸井グループ)

    特徴の1つは、ときに無意識化している人々の「性別役割分担意識の見直し」に言及してKPI(重要業績評価指標)を設定した点です。性別を問わず活躍できる環境はどのようにつくられるのか、その源流となる意識の持ち方にまでさかのぼり、共に考え行動する取り組みを進めます。

    国連は3月8日を「国際女性デー」、3月20日を「国際幸福デー」と定めています。厚生労働省は3月1日から1週間を「女性の健康週間」としています。丸井グループではこれらを単なる記念日で終わらせず、社会に対してアクションを起こすべく、この3月を「Well-being月間」ととらえて店舗でさまざまなイベントを実施します。

    価値観を同じくする企業と共にフェムテック(※)を広くお客さまに知っていただく取り組みや、女性活躍に関するトークイベントなどを予定しています。

    1人の脳の中にも多様性

    実は、人間の脳は性別だけではなく、解剖学的にさまざまな部位に分かれたモザイクのようになっています。そして、それぞれの部位が他の部位と重複する機能を備え、人の認知と行動に影響を与えているとわかってきました。

    「脳は議会制民主主義と似ている」と、スタンフォード大学の神経科学者デイヴィッド・イーグルマン博士は言います。頭の中に、分野が重複する大勢のエキスパートがいて、互いに議論しているイメージです。大勢が出てきて、異なる意見を出して喧々囂々(けんけんごうごう)の議論になるので人間は葛藤しますが、それが質の良い認知と行動につながります。

    想定外の事態や、不確実性の高い外的環境への対処能力を「ロバストネス(robustness)」と言います。人工知能(AI)の領域では、事前に設計しきれない例外的な状況に対する強さを指します。

    動物の中でも特に人間は、重複する脳の機能を多く持つことでロバストネスを形成していると考えられています。脳の一部が損傷しても、治療が必要な徴候が表れない場合すらあるのは、別の脳の部位がそれを補うからです。例えていえば、ハンマーをなくしてもバールやレンチで代用できるように、不測の事態への対応力が高いのです。

    人間の集団でも、均質化したチームよりも多様な人が集まるチームの方が不確実性や不測の事態に強く、ロバストネスが高いと言えます。これは脳内の現象と、人間集団の現象の、アナロジーのように感じます。

    脳内のモザイクが阻害されることなく能力を十分発揮できる人が、集団の多様性を力に変えられるのだと思います。人間が極寒から灼熱の大地まで地球上のあらゆる環境に適応してきたのは、脳内の多様さと人間集団の多様さによってロバストネスを獲得してきたためと言えるでしょう。

    D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の本質は、女性やLGBTQ(性的少数者)などある種のマイノリティー保護だけではなく、不確実な状況に強い、ロバストネスの高い組織と社会を創ることにあると思います。ロバストネスの高い企業は世の中に価値を提供し続け、人々をしあわせにすることができます。

    最後にアフリカのことわざを紹介します。

    If you want to go fast , go alone. If you want to go far, go together.( 早く行きたいなら、1人で行け。遠くに行きたいなら、ともに行け。)

    ※女性特有の健康課題を解決するテクノロジーとそれを使った製品やサービス

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