ダイバーシティ&インクルージョン
2020.10.20

Withコロナ時代のダイバーシティ(後編)―ダイバーシティ・ネイティブ世代へ未来をつなぐために

  • ひとりめ松中 権
    特定非営利活動法人グッド・エイジング・エールズ 代表
    プライドハウス東京 コンソーシアム 代表
  • ふたりめ
    株式会社ミライロ 代表取締役社長
    一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会 代表理事
  • 松崎 英吾
    特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会
    専務理事 兼 事務局長 国際視覚障がい者スポーツ連盟 理事

すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現に向けて、各界のリーダーから提言をいただく新連載コンテンツ「Inclusion Rally」。第1回は前・後編の2回に分けて、ユニバーサルデザインの企画設計等を手がける(株)ミライロの垣内 俊哉氏、日本ブラインドサッカー協会の松崎 英吾氏、LGBTQ社会運動家の松中 権氏に、Withコロナ時代に見えてきた課題をそれぞれの視点から語り合っていただきます。後編は、「共創」と「ダイバーシティ」がテーマです。

目次

    丸井グループとの「共創」を振り返って

    ――ここで皆さんの丸井グループとの出会いや印象、これまでの「共創」の取り組みについて、率直なご感想をお聞かせください。

    松中:僕は学生時代、国分寺マルイでよく買い物をしていました。LGBTQの活動を始めてから、丸井グループとの最初の接点は2015年で、日本全国の性的マイノリティのポートレートを撮影する「OUT IN JAPAN」のプロジェクトです。プロジェクトにご協力いただけるというお話をうかがった時は、「あ、あの丸井」みたいななつかしい感じがしました。生活者と接点がたくさんある企業に手を挙げていただいたのは初めてだったので、今後いろいろな可能性が広がっていくんじゃないかと思った記憶があります。

    垣内:僕は2014年、企業経営者の勉強会でプレゼンしたのが最初の接点です。その時、青井社長にお目にかかったのですが、ほかの企業トップの方以上に非常に熱心だったことが印象的でした。
    当時は、車いすユーザーのためのバリアフリー化に各地の商業施設が動き始めていた時期です。おそらく青井社長の中でも、そうした問題意識があったのでしょう。業界全体が大きく変わるあのタイミングでお会いできて、本当に良かったと思います。

    松崎:僕と丸井グループとの関係は、2009年からです。とあるプロジェクトの関係で、新宿マルイ 本館の会合に参加したのがきっかけです。丸井グループはこれまで、本業とのシナジーを模索しつつ、先端的な取り組みを続けてこられている印象を持っていました。日本ブラインドサッカー協会は、マルイ店頭での各種体験イベントの実施を通じて、草創期の活動を地道に支えていただきました。2015年以降は、ブラインドサッカー日本代表のオフィシャルスーツのご提供を手始めに連携が抜本的に強化され、2020年7月には日本初のブラインドサッカー専用練習場である「MARUI ブラサカ!パーク」という「場」をオープンしていただきました。スポーツにとってリアルな「場」はとても重要だと思っているので、私たちにとって非常に意義深く、深く感謝しています。

    松中:丸井さんが特徴的なのは、「自社で抱え込もう」というスタンスがないことです。僕らはどうしても支援企業のほうばかり見てしまう傾向がありますが、丸井さんの場合は、「他社で一緒にできることはありませんか」と聞いてこられます。「ネットワークの力で社会を変えていくことが自社へのリターンにつながる」という発想は、丸井さんとの「共創」から得られた大きな財産です。
     また、渋谷モディの大型街頭ビジョンなどを使って、LGBTQについて視覚的にもわかりやすい啓発活動を続けてこられたことも印象的です。しがらみの多い日本企業では、なかなか踏み切れないことだと思います。

    垣内:丸井さんには「ユニバーサルマナー」の普及推進をサポートしていただきながら、当社は丸井さんの社内で実施する研修を担当させていただいています。各方面へのお声がけや、店舗外壁の大きな垂れ幕での告知など、まさに丸井さんならではの活動をしてくださり、ただただ感謝しています。そのうえで、あえて課題を申し上げるならば、僕らが研修でお伝えした内容が、まだ実地の施策に反映されていない面もあります。知識が「知恵」に昇華し、現実の「行動」に役立てられるよう、ともに課題の発見・解決に取り組んでいきたいと思います。

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    社会の中で変わってきたもの、変わらないもの

    ――障がい者やLGBTQの人々をめぐる現在の社会的状況を、どのようにとらえていますか。それぞれの立場からご意見をお聞かせください。

    垣内:障がい者の置かれた状況については楽観視しています。骨が弱い僕の病気は遺伝性なのですが、明治時代や昭和の戦争期の記録を見ると、僕の先祖は石を投げられるなど、今では考えられないような差別を受けていました。僕はそんな経験をしたことがありません。かつては車いすで外に出ると、指を差してくる小さい子どもがいましたが、今では誰もこちらを気にしません。自分がいかにしあわせな時代に生きているかを実感しますし、今日より明日はもっと良くなるだろうとしか思っていません。
    日本人が街中であまり障がい者に声をかけないことも、障がい者が自力で移動できる環境が整備されてきたことの裏返しです。例えば、駅のバリアフリー化も、日本は非常に進んでいます。パリやロンドン、ニューヨークは設備が普及していないので、車いすでの外出が難しく、人手が必要なんですね。日本がこの領域で地道に進めてきた取り組みを、決して過小評価すべきではないと思います。
    もっとも僕ら車いすユーザーと違って、視覚・聴覚障がい者やオストメイト*1の人たちへの対応については、遅れている面があります。外見でわかりづらいマイナーな障がいにも配慮するよう、施策の偏りは是正していく必要があるでしょう。
    また、日本が遅れているのは、障がい者の「社会参加」の部分です。海外では国のトップが車いすユーザーというところもあるのに、日本の政治家でそういう人はごく少数ですよね。そもそも障がいのある就労者の数が少ないですし、就学者はもっと少ない。いくら障がい者が街中に出ていけるようになっても、学びの場、働く場が確保されないと、社会の中で活躍する人は出てこないでしょう。

    松中:LGBTQの問題は少し複雑です。僕らの存在を見える化し、理解を得る活動が先決で、まだ環境整備まで手がまわっていません。志村 けんさんが新型コロナウイルスに感染して亡くなった時、ご遺族がご遺体に対面できないまま火葬が行われ、多くの人々の同情を集めましたよね。でも、それはLGBTQの皆がいつも経験していることです。法制度の問題、つまり同性カップルが認められていないことによるデメリットは、理解や共感だけでは超えられない部分なんです。
     また、僕はトランスジェンダーである友人に精子を提供して、親の一人として、そのカップルの子育てにかかわっています。ですが、保育園のお迎えアプリの登録項目は「パパ」と「ママ」しかありません。いろいろな家族の形態があることが浸透していないんですね。これまでは「ダイバーシティ」というと、個人の多様性だけに焦点が当てられ、家族そのものの多様性、あるいは家族以外の多様な関係性が見過ごされてきたように思います。
     こうした法制度やシステムの根っこにあるのが「社会通念」です。社会の中にいる僕ら、あるいは企業や自治体の人々が力を合わせてそこを変えていかないと、物事は動きません。一見、普通の企業活動とは接点がなさそうですが、実は皆さんの力が大きな後押しになるんです。

    松崎:障がい者スポーツをめぐる状況は、ここ数年で大きく変わってきました。今では日本を代表する企業が互いに連携しながら、取り組みを前に進めてくださっています。メディアでの扱いも大きくなりましたし、制度面の整備も進んでいます。これまでの変化のスピードが3倍くらいに速くなった感覚があります。
     ただ、こういう変化に世間一般はついて行けているのか、疑問です。「ダイバーシティを大切にしましょう」という外発的動機づけだけでは、人々の無意識のバイアスは変えられません。状況への戸惑いや不安もあるでしょう。そうした感情にただ蓋をするだけでは、障がい者の問題がタブーになってしまうと思います。
     人々の行動が変わるには、場数を踏んだり、自身の価値観が一変する体験をしたりするといったいくつかのトリガーが必要です。今の日本は、それが提供できるほど多様な人々が交ざっていないですし、共生も進んでいません。僕ら大人たちは将来世代のために、そういった環境を用意してあげる必要がありますし、そのことが前回お話しした「ダイバーシティ・ネイティブ世代」の育成につながると思うんです。

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    「お互いさま」から生まれるインクルージョン

    松崎:「視覚障がい者でないのに、この活動をしているのはどうして?」とよく聞かれます。僕がこの領域でやっていきたいことの一つは「個の尊重」です。目の見えない人々が自由に活躍できる社会を実現したいのです。ですがその一方で、僕自身も尖った個性で生きていきたいし、僕のそういう生き方が彼らの自己実現にもつながる、好循環していくものと思っています。
     個々人が尖れば尖るほど、それらを束ねるチームの役割が重要になっていきます。より大きな目標を実現するためには、人とのつながりが欠かせません。すべてのピースが噛み合って初めてそれが可能になるため、「A or B」ではなく「A and B」で考えていく発想が必要だという気がします。

    垣内:僕は実家に帰省して両親に会うのは年1回ですが、コロナ禍を受けてビデオ通話を始めたら、両親のほうから毎晩のようにかけてくるようになりました。これまでは年1回の帰省で2泊3日。あと20年一緒にいられるとして、同じ時間を共有できるのは、あと60日あるかないか。それで良いはずがないのですが、仕事の都合上なかなか帰れなかったんです。
     一人で過ごす時間の大切さと、皆とつながることの大切さ。これまでは時間的制約や場所移動の問題などから、どちらか一方を選ばざるを得なかったのですが、デジタル技術の力によって双方を両立する新たな可能性が見えてきたように思います。

    松中:僕の考えでは、「ダイバーシティ」とは、LGBTQや障がい者も含め「すべての人が楽しく平等に人生を全うできる」ことです。だからこそ、すべての人が自分の人生を豊かにするために行動していいのです。
     そうした多様な「個」が互いに両立するためには、皆で少しずつ譲り合い、我慢を受け入れることが大切です。それこそが真の「インクルージョン」の条件ではないかと思います。
     日本人がよく使う「お互いさま」という言葉は、「互いに面倒なことを我慢しましょう」という意味ですよね。日本語って「ご苦労さま」「お疲れさま」のように、本来ネガティブな概念を「ご」や「お」と「さま」で包んでポジティブに変換する文化があるように思うんです。

    垣内:僕もユニバーサルマナー検定の講習で、「全員の100%はめざさない」ことを強調しています。例えば、点字ブロックは車いすユーザーにとってはバリアですが、でもそれがないと視覚障がい者の方が困るわけですよね。全員にとって一番便利な環境とは、皆がお互いに少しずつ我慢する心構えによって成り立ちます。僕ら一人ひとりがそうした余裕を持たなければならないと思います。

    ――多様で自立した個人を包摂(インクルージョン)する社会のあり方に向けて、丸井グループとしても試行錯誤を重ねつつ最適な解を模索していきたいと思います。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。

    *1 人工肛門や人工膀胱を造設した人

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    対談日:2020年7月17日