Book Lounge
2021.1.23

#009 ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく
ポール・ジャルヴィス(著)、山田 文(訳)

Book Lounge #008

「小さい」からこそ、自分の価値観と一致する働き方を実現できる

「スモール イズ ビューティフル」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
1973年に出版された、英国の経済学者シューマッハーの著書『スモール イズ ビューティフル』で世界的に有名になった言葉です。
当時、僕はまだ高校生でしたが、1970年代といえば高度成長期の真っ只中で、「大きいことは良いことだ♪」というテレビCMの歌が時代の雰囲気を表していたころでした。
そうした中で、あえて時代に逆行するかのように発せられたこのメッセージは、新鮮な印象で僕の心をとらえました。
それから約40年の歳月が過ぎたある日、ピーター・ピーダーゼンさんと『宇宙船地球号 操縦マニュアル』(本と対話#001)について語り合っていた時に、ピーターさんが「ほかにも読み直したい本がありますね、例えば...」と言って挙げた中の一冊がこの本でした。
実を言うと、僕はこの本のタイトルを知っていただけで読んだことはなかったのですが、「そうですね!」と答えてしまった以上は読まないわけにもいかず、家の本棚に埋もれていたのを発掘しました。
読んでみると、とても半世紀も前に書かれたとは思えないほど現代的で、まさに21世紀の前半を生きる私たちのために書かれたかのような内容に驚かされました。
『宇宙船地球号 操縦マニュアル』や、1972年の『成長の限界』などと並んで『スモール イズ ビューティフル』もまた、半世紀の雌伏(しふく)の時を経て蘇りつつある未来のための古典であると確信しました。
その『スモール イズ ビューティフル』の中に次のような一節があります。

「私たちに必要なのは大量生産体制ではなく、大衆による生産体制である」

後半の「大衆による生産」の部分を「個人による生産」、「スモールビジネス」、D2Cなどに置き換えて現在の文脈で論じているのが本書『ステイ・スモール』です。

本書の原題は『Company of One』です。
「個人による企業」、「個人が主役の企業」といった意味でしょうか。
副題は、"Why Staying Small Is the Next Big Thing for Business"、「なぜ小さくあることが今後のビジネスにとって大事なことなのか」です。
著者はなぜこれからのビジネスにとって「小さくあること」が重要なのかについて、2つの理由を挙げています。
1つは経済的な理由。
「規模の拡大は必ずしも利益をもたらすわけではなく、経済的にも採算が取れない」からです。
もう1つは、自分の生き方と仕事とを一致させるためです。
「仕事に行く時に自分の価値観を家に置いて出る必要がない」ようにするため。
この2つ、つまり

経済的利益としあわせをともに実現するビジネスのあり方、それがカンパニー・オブ・ワンなのです。

そんなビジネスのあり方、働き方がもし可能だとしたらすばらしいと思うけれども、それはあくまでも理想に過ぎないのでは、と思われるかもしれません。
ですが、それは著者が副題でNext Big Thing for Businessと主張しているように、時代の潮流であり、その実現の兆しはすでに現れています。

その流れを加速しているのが、コロナ禍です。
コロナ禍で迎えた2021年は、世界中がサステナビリティに向けて本腰を入れて取り組む年になるでしょう。
コロナ禍によって「立ち止まって考える」ことを余儀なくされた人々が、来し方行く末に思いを巡らせた時に、コロナ禍からの経済回復は従来の延長線上での回復ではなく、グリーン・リカバリーでなくてはならない、という想いを強くしているからです。
SDGsのゴールである2030年に向けて、今後10年間はサステナビリティが世界の最重要テーマになるでしょう。
そうした中で、真っ先に見直しを求められるのが、これまでの経済を主導してきた大量生産体制であることは、ある意味で時代の必然です。
大量生産は化石燃料の蕩尽(とうじん)につながり、気候危機を招きました。
また、大量生産は大量消費、大量廃棄につながることで地球環境を危機的な状況に追い込んでいます。
さらに、大量生産は製品を安く生産するために、劣悪な環境下での長時間労働などの人権問題や、経済格差の拡大などの社会問題も引き起こしています。
そして何よりも、

コロナ禍で行動の制約を余儀なくされた私たちは、ステイホームが続く中で、これまでのライフスタイルを見直しつつあります。

大量に消費して大量に捨てる生活は当たり前のことではなくて、むしろ異常なことだったのではないか?
コロナ禍の原因となったのが私たちの大量消費、大量廃棄のライフスタイルであるとまでは言い切れませんが、そのおかげで危機に瀕した自然界が人類に警告を発するために放ったウイルスがこのような事態を到来させたのではないか、といった妄想にも似た思いが脳裏をよぎるのは僕だけでしょうか。
大量生産の経済は明らかに限界に達していて、より持続可能な経済への転換が迫られています。

コロナ禍がもたらしつつあるもう一つの大転換は、私たちの働き方です。
コロナ禍で奮闘する医療従事者やエッセンシャル・ワーカーと呼ばれる人たちの働き方は、これまで以上に敬意を払われることになるでしょう。
その一方で、コロナ禍によって職を失った人や、休業もしくはリモートワークを余儀なくされた人たちは、これまでの仕事や働き方を省みて複雑な思いを抱いているのではないでしょうか。
思いがけず自宅で一人で過ごす時間ができた人たちや、家族とともに過ごす時間が増えた人たちは、毎日のように満員電車に揺られて職場に赴き、夜遅くまで残業することが当たり前だったあの生活は一体何だったのだろう、という思いに駆られていると思います。
不可抗力とはいえ、一度このような経験をしてしまった私たちは二度と元の働き方には戻りたいとは思わないでしょう。
オフィスの必要面積が小さくなるとか、テレワークが当たり前になるというような表面的な現象を超えて、私たちの心の深いところで働き方の根本的な見直しが進むでしょう。

こうした大転換は、コロナ禍の影響だけでなく、もっと大きな時代の潮流によって今後は加速していくと予測されます。

なぜなら、経済活動の主役が交代する時期が間近に迫っているからです。
日本では2024年にいわゆる労働人口、つまり18歳から64歳までの人口に占めるミレニアル世代以下の人口がそれ以前の世代を逆転します。
このような世代交代、マジョリティの逆転は、社会に大きな変化をもたらすと想定されます。
ミレニアル以下の世代はサステナビリティ・ネイティブで、「サステナブルであることは当たり前のこと」と考えています。
また、著者が述べているように「ミレニアル世代にとっては、従来の企業のオフィスでの働き方はもはや憧れの的ではない」のです。
例えば、僕の次男は中学生のころから「電車通勤はしたくない。高層ビルの中にあるようなオフィスでは働きたくない」と言っていました。
この発言を初めて聞いた時には、「何と生意気な!なんという贅沢な!」と思ったものでしたが、時間が経つにつれてむしろ当たり前のことのようにも思われてきました。
彼の発言は、むしろ同世代の子どもたちの価値観を代弁しているように感じられたからです。(ちなみに彼はグレタ・トゥーンベリさんと同い年です)
ミレニアル以下の将来世代は「仕事に行く時に自分の価値観を家に置いて出る」のではなく、仕事に行く時も、家で仕事をする時にも自分の価値観に沿って「ビジネスが自分の人生の目的と一致している」ような働き方をめざしているのだと思います。

このように経済やビジネス、働き方が大きく転換していくとしたら、私たちはこれからどうしたら良いでしょうか。
例えば、

これまでビジネスの中心だった大企業はどのように変化しなければならないのでしょうか。

本書の考え方に従うならば、大企業もまたカンパニー・オブ・ワンになれば良いのです。
カンパニー・オブ・ワンを実践するスタートアップやスモールビジネスと共存し、これらを支援するビジネスになること。
同時に、カンパニー・オブ・ワンのような働き方、つまり「仕事を一つの職場としてではなく、一連の取り組みやプロジェクト」のようにすること。
さらには、カンパニー・オブ・ワンを社内に導入して企業内起業家を育てること。
大企業を飛び出して独立した起業家と協業して、緩やかに連携したビジネスを展開すること、などです。

以上は本書の紹介、あるいは解説を大きく逸脱しているかもしれません。
ですが、本というものは一旦読者の手に委ねられてしまうと読者の空想や過去の思い出、妄想などによって著者の意に反して読まれてしまうことは避けらないし、ある意味それが読書の本質なのだから...というような勝手な理屈で今回はお許しをいただきたいと思います。
なお、この文章を書いている途中で『スモール イズ ビューティフル』の出版された年を検索していた時に、落合 陽一さんがNHKの番組でこの本を「2021年に読むべき本」として紹介していることを知りました。
さすが落合さんですね。
同世代の人たちは知らないけれども、親の世代は知っている本をちゃんと読んでいて、それを絶妙なタイミング、文脈でポーンと提示できるのがすばらしいです。
この「本と対話」でも近いうちに『スモール イズ ビューティフル』についてご紹介したいと思います。

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