Book Lounge
2021.4.26

#011 経営の針路―世界の転換期で日本企業はどこを目指すのか

平野 正雄(著)

目次

    Book Lounge #011

    30年間の世界経済をひも解き、次の30年にやるべきことを示唆するビジネス書

    先日、#010でご紹介した馬田 隆明氏の講演を聴く機会に恵まれました。
    その中で馬田氏は、企業経営の進化について次のように述べていました。
    "1990年頃までの企業経営の中心は事業戦略だった。
    それが、1990年代以降には事業戦略と並んで資本政策が重要視されるようになった。
    そして、今後は「インパクト」がこれらに加わる。"
    つまり、
    企業経営=事業戦略×資本政策×インパクト
    ということです。
    馬田氏の力点が「インパクト」にあることはもちろんですが、僕は「資本政策」という言葉に興味を惹かれました。
    というのも、

    企業経営=事業戦略×資本政策という簡潔な定義に、この10年ほどの間に経営を通じて経験してきたことが集約されているように感じたからです。

    これに関しては、「平野 正雄氏の『経営の針路』を参考にしている」というコメントがあったので、早速読んでみました。

    本書は2017年の出版ですから、少し前に書かれた本です。
    ちなみに、2017年がどんな年だったかというと、米国でトランプ政権が誕生した年でした。
    トランプ政権によって第二次大戦後の西欧を中心とした自由主義的な経済と国際協調体制が後退し、社会の分断傾向が加速することが懸念されていたころです。
    こうした心配はその後現実のものとなったわけですが、バイデン政権への移行で、また新たな局面を迎えています。
    加えて、トランプ氏の退任とほぼ同時に発生した新型コロナウイルスによるパンデミックで、世界は今大きな混乱の中にあります。
    ですが、そうした変化にもかかわらず、本書はいささかも時代遅れになっていないどころか、
    先の見えないパンデミックの只中だからこそ、その透徹した視座によって今後の経営の取るべき方向性をより明確に指し示しているように思います。
    VUCA*と言われるほど変化の激しい今の時代に、どうしたらすぐに古びてしまうことのない視座を得ることができるのでしょうか。
    著者は本書の目的を次のように語っています。
    「1990年の冷戦の終結から今日までの約30年間に生じた劇的な経済秩序と企業経営の変化を俯瞰したうえで、現在を新たな経済秩序の転換期ととらえて、次の30年の企業経営を展望してみる」
    これまでの30年を振り返ることで今後の30年を展望する、という時間軸の長さ、長期思考が透徹した視座の根底にあります。

    * Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた造語。先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を指す。

    変化の激しい時代だからこそ長期的な思考が求められる、

    ということをあらためて実感させられます。

    さて、本書では1990年以降の世界経済をポスト冷戦のパラダイムとしてとらえ、その下で急激に進んだ変化をグローバル、キャピタル、デジタルという3つの視点から解き明かすことで、今後の経営の針路を考えるうえでの包括的な視座を提示しています。
    冒頭で触れた「資本政策」はこの中のキャピタルについての解説の中に示されています。
    詳細は省きますが、これを読むと経営を通じて実体験してきたさまざまな変化や困難の背景にあった世界的な潮流が理解できて、頭の中がすっきりと整理されます。
    私たちは過去10年あまりにわたって、それまで馴染みのなかった企業価値というものと向き合って経営を進めてきました。
    例えば、株主・投資家から「めざすべきバランスシート」を示すように求められてこれを提示したり、それに基づいて資本コストを算出したり、ROEの目標を掲げたりしてきました。
    また、コーポレート・ガバナンスについて改革を求められ、取締役会の再設計や社外取締役の招聘なども行ってきました。
    これらはもちろん、「伊藤レポート」やコーポレートガバナンスコードの導入などに促されたことでもあります。
    しかしながら、こうした一連の改革の背景にどのような潮流、どのような構造的、本質的な変化があったのかは、無我夢中で進まざるを得なかった経営の当事者としては今ひとつ理解しきれませんでした。
    それが、本書を読んだことですっきりと整理できました。
    加えて、なぜM&Aが隆盛を誇るようになったのか、あるいはスタートアップへの投資を通じたオープンイノベーションが増えてきたのかについても、同じ文脈の中で理解できることがわかってきました。
    そんな当たり前のことに今ごろ気づいたのかと言われると恥ずかしいのですが、当たり前のことの背景が大きな文脈の中で理解できるようになったことで良かったことは、

    無我夢中でやってきたこれまでと比べて、より確信を持って取り組めるようになったこと、自信を持って今後の経営を考えられるようになったことです。

    このことが本書に感謝したいことです。

    もちろん、本書では資本政策だけでなくグローバル、デジタルについても詳しく論じられています。
    特にデジタルに関しては、いわゆるデジタルの最前線にいる起業家や評論家の解説と違って、一歩引いたところから俯瞰して、経済秩序の本質的、構造的な転換を進めるものとして見つめる視点が、結果的にわかりやすさにつながっている点が秀逸です。
    また、今後に向けた指針の中では、社会倫理性を経営に埋め込んでいくことで、格差が進み、分断が進みつつある社会からの信頼性を回復することが強調されています。
    そして、そのことが多くのステークホルダーに配慮して調和のとれた発展を重んじてきた日本企業に今後期待されることである、と述べられています。
    言うまでもなく、これは馬田氏が「事業戦略×資本政策×インパクト=企業経営」で主張していることと同じです。
    経営者をはじめ中期経営計画の策定に携わる執行役員、経営企画部の方などにおすすめします。

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