Well-being
2021.2.23

思考を「成長モード」に転換 コロナ禍と社員の士気


「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」というテーマで、産業医と執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島 玲子が解説します。
出典:「日経ESG」2021年1月号 連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」より

目次

    コロナ禍で思考が防衛一辺倒になると、人や組織は弱っていく。困難な中に可能性を見つける思考と行動が、ウェルネスを高める。

    「しあわせな家庭はどれも皆似たようなものだが、不幸な家庭にはそれぞれに不幸の形がある」。これは、ロシアの文豪トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭に登場する一節です。

    ある現象に関してネガティブな要素は多くあるのに対し、ポジティブな要素は数が少ないことは「アンナ・カレーニナの法則」と呼ばれます。この法則は、日ごろ、私が産業医として接する人や組織にも当てはまります。

    例えば、人事異動で職場が変わったとき、「この職場はここがダメだ」「この上司とはうまくいかない」とネガティブな要素に注目し、防衛的な思考に囚われ、メンタルヘルス不調を来す事例は多くあります。ネガティブな要素は掘り出せばいくらでもあるので、結局、別の職場に移っても再びネガティブ要素に着目してしまい、「今度の職場はここがダメ」と感じて不調を繰り返すケースも見受けられます。

    変化に直面したとき、ネガティブな要素に注目して防衛的に反応するか、変化の中で可能性を見つけ成長に向けて挑戦していくかは、思考の方向性が全く異なります。

    「防衛」と「成長」は両立しない

    生物の本質的な機能を見ると、防衛反応と成長反応は「同時には発動できない」ことがわかっています。世界的に著名な細胞生物学者ブルース・リプトンによると、人間の細胞は栄養分など生命を永らえさせるシグナルを見つけて「向かっていく」成長反応と、有害物質などの脅威から「離れる」防衛反応を、同時に発動することはできません。前と後ろに同時に移動することはできないわけです。

    さらにリプトン博士は言います。「察知された脅威と生命の間には防御壁を築かなければならない。しかし防衛反応が長引いて、成長反応が阻害され続けると、生体は次第に衰弱していく。成長反応には、エネルギーをつくりだす過程が含まれるからだ」。

    生存のために防衛ばかりしていると、皮肉にも、中長期的には衰弱に向かってしまう。これは、私たちの人生や、組織の盛衰にも通じるアナロジーに思えます。どんなことでも状況が変化すれば、そこには脅威だけでなく、数は少ないかもしれませんが必ずチャンスも生まれます。そのチャンスを活用し、成長へ向けて思考と行動を変えられる人や企業が、次の時代をつくっていくのだと思います。

    心理学者バーバラ・フレドリクソンは実験を通じて、ポジティブ感情は可能性を広げ、利用できる資源や能力を形成すると提唱しています。「拡張-形成理論」と呼ばれます。

     

    ◆ ポジティブ(快)とネガティブ(不快)の関係を図示すると?

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    一般に、ポジティブ(快)とネガティブ(不快)の関係は、単純に正反対のものとしてイメージされやすい(上の①)。
    しかし、実際はネガティブ要素の方が数が多い(同②)。そのため、不快から逃れることばかり考えていると、別の不快に陥ることも多い。
    困難を乗り越えるためには、「不快から逃れる(防衛モード)」ではなく、「快に向かう(成長モード)」に思考を切り替えることが大切だ
     
    コロナ禍で困難に直面した今、必要な防御行動を取ったうえで意識的に思考を切り替え、「成長モード」にする必要があるのではないでしょうか。「我々がありたい姿とは?」。今こそ、経営理念に沿って現状を見て、成長モードに転換することが、長期的な発展につながるはずです。最近、それを実感するできごとがありました。

    危機時こそ「理念」に立ち返る

    丸井グループは2020年4月、政府の緊急事態宣言を受けて、お客さまと社員の安全を確保するために全店舗を休業しました。その結果、店舗に入るお取引先さまのテナントも営業ができなくなってしまいました。お取引先さまの8割は中小企業です。営業再開の目途も立たず、誰もが苦しい状況でした。これからどうするのか。

    経営層は、このような時こそ「共創」という企業理念に立ち返るべきではないかと議論しました。そして、休業を決定して早々に「新型コロナウイルスを乗り越えるためのパートナーシップ強化策」を打ち出し、休業期間中のテナント家賃を全額免除する施策を取ったのです。

    短期的には大きな損失が生じる決断でした。しかし、思考を防衛モードから成長モードに切り替え、お取引先さまとのパートナーシップを築くことによる中長期的な成長の可能性を追求する道を選択したのです。

    産業医でもある私が注目したいのはここからです。この施策は今春に実施されましたが、夏に実施されたストレスチェックで、社員のメンタルヘルスが良くなったのです。

    外出自粛やコミュニケーションの減少に起因するコロナ禍のストレスにより、社員のウェルネスは悪化していると予想していました。ところが、約6000人いる常時雇用の社員がほぼ全員回答したストレスチェックの結果、高ストレス者の割合は8.0%となり、前年の9.0%から改善しました。平均的な小売業が12.6%、金融業が14.2%ですから、同業他社と比べても低いことが分かります。さらにワークエンゲージメント(熱意をもって仕事に取り組む姿勢)の指標も前年から向上しました。

    要因は複数あるでしょうが、いち早く全店休業を決断し、テナント企業の家賃を全額免除した施策によって、社員の士気が上がり、社内の一体感も増したことは間違いなく影響していると思います。実際、社員からは、痛みを伴いながらもお取引先さまとのパートナーシップを優先した姿勢に、「共創理念の本気度を感じた」「うちの会社が好きになった」という共感の声が多く聞かれました。

    私たちを苦しめる問題は多くありますが、将来の成長に意識を振り向け、現実の中から可能性を見いだすことによって、明るい未来は拓けていく。アンナ・カレーニナの法則はそのことを教えてくれているように思います。

     

    連載第1回はこちらからご覧いただけます。
    VUCA時代を生き抜くには 健康からウェルネスへ

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