Well-being
2023.6.9

心理的安全性の「誤解」~挑戦と知的な失敗を増やす~

経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「ウェルビーイング」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康で生き生きと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるウェルビーイング経営とは何か。 産業医と取締役執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島玲子氏が解説します。 出典:「日経ESG」連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルビーイング経営のススメ」より

目次

    心理的安全性という用語は、「心理的に安心で快適な職場」と誤解されている向きがある。本来の意味を理解しておかなければ、社員の創造性や生産性の向上にはつながらない。

    快適さを意味しない

    人的資本への関心とも相まって、「心理的安全性」という用語をそこかしこで聞くようになりました。心理的安全性が重要と言う人が多いなか、言葉のイメージが先行し、その意味合いを誤解して使われる傾向もあるように思います。

    心理的安全性は、米ハーバードビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソン氏が提唱した心理学用語です。エドモンドソン氏は心理的安全性によくある誤解として、「気軽さや心地良さを指すものではない」「相手に感じ良く振る舞うことではない」「相手の意見に賛成することではない」「性格の問題ではない」と著書(※1)に列挙しています。そうではなく、むしろ建設的に「反対意見を言い合う関係性」を指すのです。

    この点を誤解して、誰に対しても優しく気軽に接する心地良い職場をイメージする人が多いようです。日本でこの用語が急激に共感を得るようになった背景の1つには、「和をもって貴しとなす」という日本人に多い価値観とマッチすると誤解される点が影響しているように感じます。

    心理的安全性は、「率直に発言したり、懸念や疑問やアイデアを話したりすることによる対人関係のリスクを人々が安心して取れる環境」と定義されます。ポイントは、「対人関係のリスクを取る」です。例えば、相手と異なる意見を言ったり、ミスを指摘したりしても、非難されたり恥をかいたりせず、不明点を質問し、率直に議論できることです。

    ミスや問題点は隠されずすぐに報告され、修正されます。このような職場では、メンバーは新しいアイデアを出し合って活発に議論できるので、ウェルビーイングに関わる創造性や生産性が向上します。

    この概念の元になったのは、エドモンドソン氏らによる病院の医療ミスの調査研究です。心理的安全性が高い医療チームでは、日頃から小さなミスや懸念点を率直に報告し合っており、報告の数と反比例するように医療過誤が少ないことが分かりました。一方、患者の安全第一というモットーはあるものの心理的安全性が低い医療チームでは、スタッフは日頃のミスや懸念点を報告せず、医療過誤が発生していました。

    エドモンドソン氏は心理的安全性の誤解として、「信頼と直接の関係はない」とも述べています。率直な指摘や議論は仕事に必須であり、「まずメンバー同士の信頼関係を十分に構築して、それから初めてミスを報告する」ようでは遅いのです。労働災害で、ヒヤリ・ハットや赤チン災害を積極的に報告し合って重大災害を減らす構図と同様です。

    だからこそ、問題点の指摘を社員の義務としている会社もあります。日本では特に、「黙っていたい」「波風を立てたくない」という習性の人が多いので、仕組み化するか義務として求めるくらいの姿勢でないと、本来めざす心理的安全性の効果は得られにくいと思います。

    ※1 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版)

    望まれる「失敗」

    このように心理的安全性は快適さではなく、失敗など一般に言いにくい話を率直に議論できるかが肝です。私たちは「失敗」とひとくくりに表現しますが、いくつか種類があります。エドモンドソン氏は元来、職場チームのミスや失敗を調査する研究者で、失敗を以下の3つに分類しています。

    (1)防ぐことのできる失敗
    スキルや注意力の不足で起きるヒューマンエラー。失敗を防ぐカギとなる手段は訓練や品質管理

    (2)複雑な失敗
    様々な要素が絡む中で起きる事象。失敗を防ぐカギとなる手段は、「チーミング」や「システム思考」

    (3)知的な失敗
    不確実な中での試みやチャレンジによって起きる事象。失敗を生かすカギとなる手段は、挑戦の推奨と失敗からの学び

    知的な失敗について、エドモンドソン氏はこう述べています。「イノベーションが不可欠である場合、挑戦と失敗を増やし、そこからどんどん学ぼうとする環境をつくることは、組織の責務である」。

    知的失敗の学習アプローチ

    知識創造型企業へ変革するには、挑戦と知的な失敗の数を増やす必要があります。丸井グループは現在、「失敗を当たり前として生かす文化」の醸成に取り組んでいます。

    21年5月、当社は新規事業の創出と育成を目的とするインキュベーション会社「okos(オコス)」を設立しました。okosが扱う新規事業の投資継続の意志決定に当たっては、諸情報を提供した上で、全社員にアンケートを実施します。この結果を踏まえ、22年2月、okos投資委員会にて同年3月末での「Q-SUI(キュースイ)」(※2)事業の撤退が決定しました。意志決定のプロセスはイントラネットで全社員に公開されます。

    そして撤退した同月、「手挙げ」で集まった社員による「チャレンジ共有会」が開催されました。目的は、(1)挑戦から得た学びをナレッジ(形式知)化して組織に蓄積し、今後の新規事業の成功確度を上げる(2)新規事業創出の道のりを追体験して多くの社員の仕事に生かす─の2点です。

    ■「チャレンジ共有会」では失敗から得た学びを共有する

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    チャレンジ共有会では新規事業に携わった社員と「手挙げ」で集まった社員が対話する。
    事業の提案過程と失敗から得た学びを参加者で共有することで、挑戦と知的な失敗を追体験できる。
    上は、会で提示された資料(出所:丸井グループ)

    チャレンジ共有会は計6回開催され、120人の社員が参加しました。参加した社員からは「前向きに倒れるのは後ろめたいことではないと感じた」「皆が挑戦して知見を積み上げていくと人と企業の成長につながると実感し、モチベーションが上がった」などの声が寄せられました。さらに、こうした前向きで知的な失敗を讃えるために「Fail Forward(フェイルフォワード)賞」という会社表彰を行なっています。

    これからも、「息をするようにチャレンジする風土」の醸成に向けて取り組みを重ねていきます。

    ※2 カフェなどの店舗でマイボトルに給水する月額制サービス。丸井グループが進めるサステナブルな取り組みの一環として、「マイボトル生活」を楽しんでもらうことを狙いに発案した。

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