対話・対談
2019.9.26

バックミンスター・フラーが"宇宙船地球号"で投げかけた「富」とは?

ピーター D. ピーダーセン 一般社団法人NELIS 共同代表
株式会社丸井グループ
サステナビリティ アドバイザー
青井 浩 株式会社丸井グループ
代表取締役社長 代表執行役員 CEO

人類の危機をうたったローマクラブ『成長の限界』から遡ること4年、20世紀を代表する技術者バックミンスター・フラーが1968年に出版した『宇宙船地球号 操縦マニュアル』なる本を皆さまはご存じでしょうか?
丸井グループ サステナビリティ アドバイザーのピーダーセン氏と当社代表の青井が、50年前にフラーから差し出されたバトンを、どう将来世代につないでいくのか語り合います。

目次

    「富」とは、将来世代に残せる未来の日数のこと

    青井:ピーターさんと一緒にお仕事をする中で、バックミンスター・フラー(以下、フラー)の名前が時々出ますよね。私もフラーのコンセプトや、シナジー、クリティカル・パスという言葉に興味を持っていたのですが、読み返したらすごく感動しました。ピーターさんがフラーを知ったきっかけは何だったのですか。

    ピーター:私はたぶん、北欧のオルタナティブコミュニティを研究していた父からフラーの名前を聞いたのだと思います。特に、フラーの富の概念がたまげるほどかっこいいのです。

    青井:かっこいいですよね。私は暗記しています。

    ピーター:そうなのです。『宇宙船地球号 操縦マニュアル』の「第6章 シナジー」の中で、こう書いています。富とは「ある数の人間のために具体的に準備できた未来の日数のことだ」と。例えば2050年の地球に、100億人が生活するとします。そこで現世代の私たちが取るべき行動とは、未来の100億人の生活を制限する要因が減るように、水の再生、食の再生、資源の再生、エネルギーの再生が可能な状態をつくり、地球上の資本を今後何日利用し続けることができるのか。これ以上の富の定義はありません。

    青井:私もそれに感動しました。ピーターさんがおっしゃっていた「インタージェネレーショナル」、世代間をつなぐという考え方は、このことだったのだとわかってうれしかったです。

    ピーター:サステナブル・デベロップメントは、現世代のニーズを満たしながらも、将来世代のニーズを満たす可能性を脅かさないこと。これから必要になってくるサステナブル・ビジネスは、未来の再生可能性を破壊するようなあり方ではなく、再生可能性を担保するビジネスでなければならないのです。

    青井:親が子どもに資産を残しても、戦争や災害などで破壊されてしまったら、何の意味もないわけですよね。富の概念は、世代間という考えを入れると大きく変わってきます。

    ピーター:私は「スモールセルフvsビッグセルフ」といつも言っているのですが、スモールセルフとは今ここにいる自分だけが良ければいい。いわば未来を、他者を、環境を犠牲にする、トレードオフの生き方です。これに対してビッグセルフは、今を考えるけれども同時に未来のことも考える。自分だけでなく他者のことも考えるトレードオンの生き方です。スモールセルフで縮こまって生きていくのか、ビッグセルフで世界や未来ともつながって生きていくのか。皆さんに選んでほしいのです。しかしトレードオンの選択は簡単にできるものではありません。人類は産業革命以降200年以上を結果的にトレードオフで過ごしてきたのですから。

    青井:資本主義は、20世紀後半くらいから限界が見え始めたのだと思います。1960年代にはヒッピームーブメントやカウンターカルチャーが出てきて、エコロジーという概念もそのあたりからです。

    ピーター:私は1995年から日本で仕事をしていますが、来日した時のミッションはエコロジーを日本の経営者に教えることでした。日本は欧米流とは違う、自然を敬う精神文化があるので、バブルも崩壊したことだし違った道を示したら一気に進むのではないかと期待していたのです。ところがどっこい、残念ながら日本は元に戻ろうとする力が強くて、20年くらい損してしまったのではないかと思います。

    イノベーションとは、パーパスのあるビジネスから生まれるもの

    青井:ビジネスにおいて「シナジー」という言葉は、信用されない概念という想いが私の中にはあったのです。しかしフラーは、シナジーこそがパワーであり本質にかかわると言っています。これを読んだ時に、とても勇気づけられました。「丸井は小売ですか、金融ですか」とよく聞かれますが、植物でありながら動物でもあるユニークな存在のミドリムシのように、分けられないのです。

    ピーター:まさに、シナジーは価値を生み出す源泉です。フラーが取り上げる一例ですが、例えば石油を掘削する機械そのものは何ドルという価値しかないけれど、その機械によってどれほどの価値を生み出すことができたか。その価値をどう測るか、これがシナジーですよね。より大きな価値を生み出すためには、異なる要素を組み合わせていかないとできないのです。シナジーという言葉はコ・クリエーション、「共創」という言葉に変わってきたかもしれません。

    青井:一方でフラーは、分業や専門化が本当の富をつくり出すことを妨げていると言っています。事業もセグメントに区分することが当たり前になっていますが、会社の業績とは事業全体から生まれてくるものであり、中にある要素がお互いに対話し協力して、どういう価値をつくり出しているかが大切なのです。

    ピーター:まったくその通りです。多くの大手企業は、組織が分断され、対話が遮断されているのです。そのため、大きな共通善が掲げられなくなっています。本田宗一郎や松下幸之助は、貧しい日本が世界一になるという大きな夢を掲げて、それが大きな共通善になりました。「そんなことできるわけがない」と皆が思いながらも、要素を組み合わせて実現してきたのです。シリコンバレー的に言うとMTP(マッシブ・トランスフォーマティブ・パーパス)を持っていました。

    青井:当社の電力調達担当者の言葉を思い出しました。私たちは2018年に「RE100」に加盟し、自社の使用電力を2030年までに100%再生可能エネルギーで調達するという目標を掲げたことにより、電力調達の仕事のあり方が180度変わりました。担当者はこれまで、子どもに「お父さんはどういう仕事をしているの」と聞かれて、「電気を安く買う仕事だよ」と説明しても感心してくれなかったのが、再生可能エネルギーの話をしたら、「すごくかっこいい仕事をしているんだね」と言われたそうです。家族の見る目も変わって自分の仕事にすごく誇りを持てたと、イキイキと話してくれました。

    ピーター:パーパスさえあれば明日からすべてが変わる、という単純なことではありませんが、人類が抱えている課題の解決につながる大きな共通善は、社員にとって深いモチベーションとなります。それがイノベーションにつながり、ひいては価値につながっていく。それ以外のイノベーションの起こし方は、ほとんど不可能です。内発的モチベーションがどのくらい上がっているか、そういう指標で社員を測れるといいですね。

    青井:これからの丸井グループは長期ビジョンの通り、新規事業はもちろん、既存の事業もビジネスを通じて社会課題の解決をめざしていきます。少しやり始めてみると、これまでの効率的な運営ノウハウもテクノロジーも、パーパスがあって初めて活きてくることに気づきました。

    ピーター:テクノロジー×生産性の追求でドライブをかけると、人間性が失われて人はすさんでいく可能性があります。そうではなくて、パーパスに未来やサステナビリティを掛け合わせてドライブしていくと、そこでテクノロジーや効率性が活きてくるということかもしれません。

    企業は共創する"場"、おじさんと中高生がタッグを組んでいく

    ピーター:世界はまだ人口も増えて消費も増えている成長市場なので、資本主義が抜本的に変わることは難しい状況にあります。その中で今できるベストは、価格や品質、マーケットシェアといった既存の競争軸に、サステナビリティを新しい競争軸として加えることです。既存のシステムの中で、未来の価値を高められるオンリーワンのビジネスができれば、競争のないフィールドに行けるかもしれません。

    青井:競争というのは、業界があるから生まれるものです。会社には人間と同じく個性があるように、小さく縮まるのではなくビッグセルフのように大きくつながっていく。大きなセルフになればなるほど、共創パートナーが増えていきます。これからの企業は、ビルやお店といった"箱"ではなく、いろいろな人が集まって共創する"場"のようなものへと定義も変わっていきます。今興味があるのは、中学生や高校生にアイデアを出してもらって、我々おじさん、おばさんがそれをビジネスに実装するということです。会社という枠を超えて、中高生とタッグを組んでビジネスをやっていくと、良いものができるような気がするのです。

    ピーター:それはおもしろいですね。一つのフィールドをつくってそこで実験することで、ミーファーストから世代間へ、トレードオフからトレードオンへ、スモールセルフからビッグセルフへ。組織をドライブするものとしては、テクノロジー×効率からパーパス×サステナビリティへ。そういう、いくつかの転換を試していくフィールドが、これからの企業になるかもしれませんね。

    青井:今回のテーマとしたフラーは大天才で、彼が時代の制約もあってできなかったことのバトンを、我々が引き継いでいくことに意味があるのだと思います。若い人の発想がフラーで、その発想を技術やノウハウで実現できる時代になってきたということかもしれません。まずは我々が「一緒にやろうよ」と呼びかけ、そのうち自然にどんどん広がっていけば良いなと思っています。

    対談日:2019年7月5日

    ピーター D. ピーダーセン

    一般社団法人NELIS 共同代表
    株式会社丸井グループ サステナビリティ アドバイザー1967年デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。1984年から日本での活動を開始。2000年に株式会社イースクエアを共同創業、代表取締役社長に就任。2011年同社共同創業者に。2014年からは株式会社トランスエージェント内リーダーシップ・アカデミーTACL代表に就任。2015年からは一般社団法人NELIS次世代リーダーのグローバル・ネットワークの共同代表に就任。2019年当社サステナビリティ アドバイザーに就任。

    青井 浩

    株式会社丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO丸井グループ創業家に生まれ、1986年当社入社。1991年に30歳で当社取締役に、そして2005年より当社代表取締役社長に就任。

    • バックミンスター・フラー『宇宙船地球号 操縦マニュアル』(芹沢 高志 訳)ちくま学芸文庫
    • 地球を取扱説明書のない宇宙船に見立てたフラーの刺激的な発想は、人類が直面している全地球的問題の解決に示唆を与え、エコロジー・ムーブメントやインターネット的思考を生むきっかけとなった。フラーは「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」といわれ、そのメッセージは宇宙船地球号に乗船した人類に発想の大転換を迫り、新たな思考回路の形成を強く促した。
    • Book Lounge | #001 宇宙船地球号 操縦マニュアル
    この記事に関する投稿
    この記事をシェア