Well-being
2024.2.10

組織の主体性を高める2つの要素

経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「ウェルビーイング」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康で生き生きと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるウェルビーイング経営とは何か。 産業医と取締役執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島玲子氏が解説します。 出典:「日経ESG」連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルビーイング経営のススメ」より

目次

    日本では旧来型の価値観やルールが働く人の主体性を阻害している。主体性を引き出すのはルールを守らせるより難しいが、人の可能性を信じることにほかならない。

    前回、やらされ感を抱えて仕事をしている状態は「脳と体が調和していない状態」だと述べました。脳と体が調和した究極の状態が「フロー状態」です。それでは、働く人をフロー状態に導く組織とはどのようなものでしょうか。決まった正解はありませんが、大切な2つの要素を挙げます。

    原則ベース

    まず挙げるのは、「Principle base(原則ベース)」です。拠って立つべき原則を示して細かいルールは定めず、一人ひとりに自ら考え行動するよう求めるやり方です。対になる言葉は、「Rule base(規則ベース)」です。詳細なルールやマニュアルを規定して、その通りに行動するよう求めるやり方です。後者は皆がルール通りに動くので外れた行動が起きにくい半面、働く人の思考停止を招きがちで、創造性も阻害されます。

    1つ例を挙げると、産業保健の領域では最近、「化学物質の自律的管理」がもっぱらの話題です。2021年に厚生労働省が「これからは、職場で使う化学物質を自律的に管理して下さい」といった旨をアナウンスしたのがきっかけです。

    それまで実に数十年にわたって、この物質を使う時はこういう管理をするようにと国が細かくルールを規定していました。そのため、ひたすらそれに従っていた企業は「これから一体どうしたらいいのか」と混乱しているのです。

    有害性の低い物質でも、使用頻度が多ければ健康障害のリスクは高まりますし、逆もまた然りです。使用物質の有害性と使用頻度、個々の職場の作業環境の実態などからリスクの度合いを見積もるアセスメントを行なうのが合理的です。

    しかし日本では使用頻度などに関係なく、「この物質=この管理」という1対1のルールが増え続けてきました。この状況は、1970年代からすでに原則のみを示して企業の自律的管理を推奨していた英国と比べて50年遅れと言われます。しかも進んで方針を転換したわけではなく、産業現場で使用される化学物質の種類が膨大になり、国が法規での管理を諦めたと見る向きもあるようです。

    その一方で、ルールは押さえつつも社員の健康と企業責任という原則に沿って、早くから主体的にリスクアセスメントを実施してきた企業もあります。そうした企業では、ようやく本来あるべき形になったと今の状況を前向きに捉えています。

    価値観の転換

    次に挙げるのは、価値観の転換です。「Meet Expectation(他者の期待や指示に合わせる)」ではなく「Beyond Expectation(期待を超える)」姿勢を、組織を挙げて推奨することです。日本では試験の合格、つまり決まった正解を答えて点数を取るのが善であるという価値観を、子どものころから植え付けられます。他者の決めた正解探しと点数ばかり気にしていては、自ら考え行動する主体性は身に付きにくいでしょう。

    最近、デンマーク出身の当社の社外取締役の話を聞いて驚きました。デンマークの小中学校では、試験を実施して点数を付けること自体が、なんと法律で禁止されているというのです。社会全体で、点数ではなく学ぶ内容そのものに興味・関心を向けられるようにする。他者との競争ではなく、「あなたは何をやりたいのか」を強く問う。それが人の主体性を育み、期待を超える創造性を育むのだと思いました。最新版の「世界競争力ランキング」でデンマークが1位になっているのは、その証しではないでしょうか。皮肉なことに、他者との競争が重視される日本は63カ国中34位でした。

    ■「世界競争力ランキング」の上位20カ国(2022年6月)

    nikkeiESG_0201_1.jpg世界の主要な約60カ国を対象に「企業にとってビジネスがしやすい国か」「ビジネススキームを実行する環境が整っているか」などを調査し、順位を付ける。スイスのビジネススクールIMDが毎年公表しており、日本は前年の31位から34位に順位を下げた(出所:IMD)

    フロー状態は、自分がやりたくてやる主体的な行為の時に生じます。逆にもっともこれを阻害する要因は、やらされ感と自我意識(人からどう見られているか気にする意識)です。他者の評価はあくまで行為の結果であり、活動そのものへの興味・関心が低ければフロー状態にはなりません。個人の強みや好きな気持ちを活かし、挑戦できる環境にするためには工夫が必要です。

    丸井グループでは2021年、社員を含む6つのステークホルダーの「好きを応援する」という項目を、新中期経営計画の骨子に掲げました。社内では10年以上かけて、人事異動や社内プロジェクトへの参画など、あらゆる仕組みを社員による「手挙げ方式」に変えてきました。

    社員が自分の好きなキャラクターに関する事業を提案、推進した「ちいかわエポスカード」が数億円の利益を上げる事業に成長するなど、実際に期待を超える「Beyond」の好事例も生まれています。全社員調査で「自分の強みを生かしてチャレンジしている」と答えた社員は、この10年間で38%(2012年)から52%(2022年)に増加しました。しかしまだ約半数と課題があり、試行錯誤を続けています。

    原則を示して主体的な行動を求め、期待を超える成果を引き出すのは、ルールに従わせるよりもずっと難しいものです。人によって能力の差も出る厳しい方法に見えるかもしれません。個人にとっても、自ら考え行動するのは楽ではありません。

    しかし、難しくても時間がかかってもこの方法を推奨するのは、「その人の力を信じて尊重すること」にほかならないと思います。前述の調査で「職場で自分が尊重されていると感じる」社員の割合は、同期間に28%から66%になりました。その人らしい選択ができる仕組みを整え、一人ひとりが主体的に力を発揮できる社会こそ、Well-beingな社会と言えるのではないでしょうか。