対話・対談
2020.10.30

「グレート・リセット」―その先の新しい企業、社会のあり方(前編)

慎 泰俊 五常・アンド・カンパニー株式会社
代表取締役
青井 浩 株式会社丸井グループ
代表取締役社長 代表執行役員 CEO

世界的に拡大する新型コロナウイルス感染症。その影響は、私たちがこれまでに経験したことのない大変革をもたらし、新しい経済秩序に突入することを意味する「グレート・リセット」が顕在化してきました。「グレート・リセット」のその先の企業、社会のあり方とは?ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズにも選出された五常・アンド・カンパニー(株)の慎 泰俊氏と当社代表の青井が語り合います。

目次

    マイクロファイナンスはレジリエントな産業

    青井:3月ごろにコロナ禍におけるシナリオ分析を発表されましたよね。あの時期に正確に情報を把握・分析し、見通しをシナリオで示されたのはすごいと思いました。どのように、まとめられたのですか。

    慎:「この人は」と思う詳しい人たちに話を聞きました。まずは感染症のお医者さんに話を聞き、彼らが書いているレポートを読み、この状態がどのくらい続きそうなのか予想を立てました。その後、経済学者や事業者に話を聞き、アクションを検討しました。今のところ、ほとんどの物事が当時のシナリオ通りですので、経営の舵を切るという意味ではラッキーでした。

    青井:なるほど。経済学者ではなく感染症のお医者さんの話をまず聞いた点に驚いたのですが、情報の集め方がほかの人とはひと味違う感じがします。

    慎:見当がつく前に経済学者の話を聞いてもあまり意味がないと考えました。世界経済フォーラム、その他さまざまなグループに入れていただいていますし、普段から世界中の英語媒体に目を通しているので、何が論点なのかについてある程度の予想がつきました。前職の社長が「このことはこの人に聞く」と、案件ごとに相談相手を決めていたのを見てきたので、私も同じように実践しています。それから、私は追い込まれた時に強いようです。2月、3月は、世界中のスタートアップ企業が顔面蒼白になった時期ですが、そういう時に即座に見通しを立てて全力で走り始めました。

    青井:追い込まれた時に力が出てくるというのは、起業家の方に多いですよね。2月、3月の時点で、慎さんが一番心配だったことは何でしょうか。

    慎:まずは3年分の資金を確保することでした。結局、最初の1カ月で約20億円を追加調達できましたが、不安は大きかったですね。火事場の馬鹿力みたいな感じでした。当時はすでに、いくつかの地域でロックダウンが実施されていたころです。米国のメディアがGDPのマイナスインパクトが25~30%あるという推計を発表していて、結果、日本の4~6月期は年率28.1%減でした。こうした状況が続くと、国や社会はまず、なくなると影響が大きい大企業の存続に目が行くため、生まれたばかりのスタートアップ企業は後回しになり、淘汰されてしまう恐れがあるのです。

    青井:実際に事業として融資している現地の人たちの信用リスクも心配されたんじゃないですか。

    慎:マイクロファイナンスの典型的なお客さまは、これまで災害が起きても何が起きても何とかなってきたのです。日本でも緊急事態宣言の時にスーパーやコンビニなどが大きなダメージを受けなかったように、マイクロファイナンスのお客さまも、地元の経済圏で生活必需品をビジネスにしているので、大丈夫だろうという思いがありました。ただ、ロックダウンだけは未知のことで、初期だけは不透明でした。

    青井:五常・アンド・カンパニーさんに投資している投資家の反応はどうでしたか。

    慎:多くの問い合わせをいただきました。大丈夫かと。ですが、丁寧に説明したことでご理解いただけたと思っています。

    青井:マイクロファイナンスに長く携わっている人は、お客さま層やリスクの考え方を当然わかっていますが、それ以外の人にはわかりづらいでしょうね。

    慎:そうですね。当社の取締役の一人はマイクロファイナンスの世界的な研究者なのですが、彼がコロナ禍に入ってすぐの会議で「マイクロファイナンスはレジリエントな産業なので、そんなに気にしなくて大丈夫だよ」と言っていました。

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    人と人とのつながりが組み合わされて初めて、データに意味が出てくる

    青井:似たようなことが、当社でもありました。2020年3月期の決算発表で、投資家から「丸井グループの客層は若い人が多いのでデフォルトが多くなるのではないか」というご心配をたくさんいただきました。「若い人=危ない」「所得の低い人=信用がない」という考え方があるようです。でも実際は、20代・30代のほうが40代・50代よりもわずかに貸倒率が低かったのです。緊急事態宣言中は外出ができないので、あまりお金を使う機会がありません。しかし、若い人はお金を借りないと生活ができないと想像されていたのです。我々のビジネスは従来の領域とは違う金融なので、よく理解していただく必要があるとあらためて思いました。

    慎:日本のスコアリングモデルでは勤続年数が主要変数ですが、そうすると若い人は「怪しい」と見られがちですものね。

    青井:信用を外形的な属性から決めようとするのは従来の金融の癖だと思います。若い人は、「若い」という理由で所得や資産が少ないだけで、それは時間がたてば増える可能性があるものです。「若い=信用が低い」という考えはあまりに単純です。「信用」は上から与えるものではなく、長い時間軸の中で共に創っていけばいい。そういう金融を広めていきたいと思っています。

    慎:マイクロファイナンスにおいて、最初は常に低い金額から始めるのはまさにそういう理由からです。過去の取引データがないので、最初は村長さんが知っている人に融資するなど、人間関係を基軸に融資を始めるのです。私たちのお客さまは形式だけでは融資を受けにくい人が多いので、融資と返済を通じて時間をかけて信頼をつくっています。

    青井:そうですよね。時間をかけて見ていくと、行動を通じたデータが活きてきます。実態というものは、データでは見えない人と人とのつながりとか、そういうものが組み合わされて初めて、データに意味が出てくる気がしますね。

    慎:当社のデータサイエンティストが、「お金の予想は、お金に近いところの行動データでないと意味がない」と言っていました。人間には二面性や多面性が必ずありますよね。例えば、友人としてはすばらしい人間だと評価していたけれど、恋人との関係では全然違う面を見せていたりするわけです。対外的に印象の良い人であっても、どうやって収入を得ているのか、どんなお金の使い方をしているのかといった、比較的お金に近いところの行動特性を見ていかないと、予想しても外れてしまうのです。

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    人間は集まることをやめなかった

    青井:Withコロナにおいて、ダボス会議で「グレート・リセット」が掲げられたこともあり、これからいろいろなことが変わる、あるいは変えていかなければなりません。慎さんはどのように変わっていくと思われますか。

    慎:なかなか難しいですね。ペストが流行った時に一部の地域では劇場が10年間も閉まったらしいのです。ですが、人口の3分の1が亡くなるという状況に陥っても、その後再開しています。つまり、人間は集まることをやめなかったということです。集まって何かをするということは、ソーシャルな動物である人間の強固な欲求なのだと思います。したがって、変わらないものは変わらないだろうという気がしています。ですが今回、伝統的な大企業とのミーティングですらオンラインに入れ替わるなど、生産性の改善は進むと思っています。

    青井:DXが進むとほとんどのことはオンラインで済んでしまいます。それでも残るオフラインとは、いったいどういう特徴や特性を持ったものなのでしょうか。例えば、野外フェスの参加者数は過去10年くらいずっと伸び続けていますよね。リアルの意味についてはどのように考えていますか。

    慎:人間の感覚という面では、今のデジタルは視覚と聴覚にしか訴えられません。匂いとか、触った感じとか、味などは感じることができないのです。私は野外フェスのフジロックに9年連続で参加していたのですが、なぜ行くかというと、その理由は二つあります。一つは、私たち人間は場所があるからこそ何かに没頭できるという側面があるからだと思います。二つ目は、自分が「いいな」と思ったものを、即座に人と共有できるからです。振り返ればそこに誰かいて「今の曲、すごくよかったね」と感動を共有できる。したがって、リアルの存在意義は、ずっと残るだろうと思っています。

    青井:強く共感したり共有するには感性や身体性が必要なので、リアルの場がそこを補うのかもしれませんね。

    慎:おっしゃる通りです。私たちは今、マイクロファイナンスの10年後のベストな形を考えていますが、すべてがデジタルに置き換わってしまうような、人間の交流がないマイクロファイナンスにはならないと確信しています。それは私たちのお客さまの特性もあるのですが、途上国では、現時点で3割の人は字が読めません。そのため、「スマホにアプリをダウンロードしてください」と言って終わりではなく、隣で誰かが教える必要があります。人間がいるからこそできることと、テクノロジーで代替できることを、うまく組み合わせたサービスがマイクロファイナンスに求められることだと思っています。

    青井:それはおもしろいですね。全部をテックでやるわけにはいかないし、全部を人がやっていたらとてもビジネスにならない。そこの組み合わせをどうつくるかが大事なのですね。

    後編はこちら

    慎 泰俊

    五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役1981年東京都生まれ。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルで8年間にわたりPE(プライベート・エクイティ)投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。全社経営、資金調達、投資など全般に従事している。金融機関で働くかたわら、2007年にLiving in Peaceを設立 (2017年に理事長退任)し、マイクロファイナンスの調査・支援、国内の社会的養護下の子どもの支援、国内難民支援を行っている。朝鮮大学校法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒。世界経済フォーラムのYoung Global Leader 2018選出。

    青井 浩

    株式会社丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO1986年当社入社、2005年4月より代表取締役社長に就任。創業以来の小売・金融一体の独自のビジネスモデルをベースに、ターゲット戦略の見直しや、ハウスカードから汎用カードへの転換、SC・定借化の推進など、さまざまな革新を進める。ステークホルダーとの共創を通じ、すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現をめざす。2019年3月より男女共同参画会議 議員、2020年10月より世界経済フォーラム Global Future Council On Japan メンバー。

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