対話・対談
2023.9.8

多様性は自分を愛することから始まる

桃果 愛 モデル、プロデューサー、デザイナー
稲垣 賢二 ボディポジティブ イニシアティブチーム

日本初のプラスサイズモデルとして活躍しながら、ファッションショーやブランドのプロデュースも行っている桃果 愛氏と、丸井グループでファッションECを軸とした自分の体型を気にせず誰もがファッションを楽しめる「ボディポジティブ」に取り組む稲垣 賢二。活躍の場は異なりますが、世界観を同じくし、桃果さんからアドバイスをいただく間柄です。二人の対話を通して「多様性とは何か」「一人ひとりの個性を応援する先にどんな未来があるか」をひも解きます。

目次

    自分の身体に自信を持てない人が9割

    稲垣:桃果さんが日本初のプラスサイズのモデルをめざしたきっかけを教えていただけますか?

    桃果:実は私、プロのモデルをめざすなんて、まったく思っていなかったんですよ。

    稲垣:あれ、そうなんですか?

    桃果:ええ。第一、プラスサイズのモデルという概念が、つい最近まで日本にはなかったわけですから。そもそものきっかけは、ネットでたまたま読者モデルの募集を見たことです。ヘアメイクさんがきれいにしてくれて、カメラマンが写真を撮ってくれるというので、「これ楽しそう」という軽い気持ちで応募したんですよ。行ってみたら、撮影会とか体験会とかではなく、本格的なカタログの撮影だったんです。

    稲垣:それがモデルの仕事につながっていったわけですか?

    桃果:そうなんです。その時の応募者の中から私を選んでいただいて、「これからも引き続き撮影に来てください」とお声をかけていただけたことで、モデルの道が開けていったという形ですね。

    稲垣:それは何年前のことですか?

    桃果:14年前です。日本ではまだ、プラスサイズモデルという言葉はまったく知られていなかったと思います。

    稲垣:当然、世間との意識の差を感じられたと思うのですが。

    桃果:ええ、感じました。今は「ぽっちゃりとしたモデルさんもいるよね」と認知が広がってきていますが、それまでは「食べる撮影なの?」とか。モデル事務所を6年前に始めた時には、SNSで心ないことを書かれたりしました。それが重なって、「ああ、疲れるなあ」と思ったことはありました(笑)。

    稲垣:モデル活動だけでなく、ご自身で事務所を立ち上げたのはなぜですか?

    桃果:きっかけはプラスサイズのファッションショーを企画したことです。モデルが私一人ではショーにならないので、募集してみると予想以上に大勢の希望者が集まりました。当時はプラスサイズモデルにもさまざまなタイプを求める声が出始めていたころでもあったので、一念発起してモデル事務所を始めたわけです。始めるのにはかなりの勇気と覚悟が必要でした。今でも、相当頑張らないと皆の夢は背負っていけないという責任の重大さを日々感じています。
    稲垣さんは、なぜ洋服のサイズの課題に取り組もうと思ったのですか?

    稲垣:私の場合は、丸井のECサイトを担当して、自分の体型に合う洋服選びに困ったことのあるお客さまが多いという事実を知り、それを解決したいと思ったのがきっかけです。「ECサイトのモデルさんは細い体型の人が多く、そういう写真ばかりでは参考にならない」というお客さまの声や、中には「自己肯定感が下がる」という声もあって、サイズの課題は感情や気持ちと深くかかわるとても大事なテーマではないかと考えるようになりました。実際にエポスカードのお客さま1,500人にアンケートを取ってみると、自分の身体のどこかしらに自信を持てないという方が9割もいらっしゃったのです。

    桃果:え!そんなに!?

    稲垣:ええ、9割も。そういう方が自信を持てるようになったら、もっと人生が楽しくなるし、いろいろなことに前向きになれるんじゃないか。そういう想いが「ボディポジティブ」に関する取り組みにつながっていきました。

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    うつの時期はクローゼットの中が真っ黒に

    稲垣:桃果さんは「ボディポジティブ」という言葉をどのようにとらえていらっしゃいますか?

    桃果:体型だけでなく、傷の跡や肌の色、顔のつくり、手や足の長さなど、いろいろな個性を表す言葉だと思っています。私はたまたま体型の話をすることが多いのですが、それをご自分に照らし合わせて「自分も楽しく生きられるかも!」というふうに受け止めてくださればいいなあと考えながら「ボディポジティブ」という言葉を発信しています。ただし、「自分はポジティブになれない」ということでさらに落ち込んでしまう方もいます。だから、ありのまま自分も受け入れましょうという意味で「ボディニュートラル」という言葉も好んで使っています。

    稲垣:桃果さんは、モデルになる前からそういう考えを持っていらしたのですか?

    桃果:わりとポジティブ思考ではあったのですが、実は大学生の時にうつになった時期があります。本当に暗いトンネルの中にいる感じで、光はどこにあるんだろうというくらい苦しい日々でした。黒い洋服しか着られなくなったり、外に出た時は人から体型のことを言われるのが怖くなったり...。ふと気がつくと、クローゼットの中が真っ黒になっていました。
    でも、だんだんと「それは自分の気持ち次第だし、自分を信じるしかない」と思うようになったんです。「私なんてどうせ笑われちゃう」と自分で決めつけているだけじゃないかと。そこをプラスに考えられるようになれば変われるのかなと思ったら、ある時一気に吹っ切れました。私がうつから脱するまでにいろいろと考えたことは、「ボディポジティブ」や「ボディニュートラル」という言葉に含まれる思想と一致していたと思うんです。

    稲垣:すごく苦しい思いをされたからこそ、今があるのを感じました。ただ、なかなかそのネガティブなループの中から抜け出せない人もいるかと思います。桃果さんは気持ちがネガティブになりそうなことがあっても、うまくポジティブに切り替えるコツってありますか?

    桃果:私、うつになる前はすごく真面目で、「完璧じゃないとだめだ、完璧にできない自分はだめだ」というふうに自分をすごく責めちゃうところがありました。ここ数年は、「できなくても死にはしないじゃん」って(笑)。何かができなくて人が離れていったとしても、自分としては一所懸命に頑張った結果だからしょうがないというふうにあきらめがつくようになりました。それで生きやすくなったし、すごくポジティブになった気がします。

    稲垣:すてきな考え方ですね。私がチームで「ボディポジティブ」という活動に取り組むようになったのも、サイズの課題解消は、ビジネスという形に留めてはいけないと考えたからです。これを通じて何を成し遂げたいのかと考えていくと、それはやはり「ボディポジティブ」という言葉で表される思想で、そこからブレないようにしようと思っています。現段階ではまだ目標の10分の1程度しか進んでいないのですが、自分の身体に自信が持てない9割の方々がポジティブな気持ちになり、しあわせに生きていけるようなお手伝いができることをめざしています。

    互いに深く想像できたらハッピーになる

    稲垣:世の中がどのようになっていくと、今よりも多様性が認められ、しあわせな世の中になっていくと思いますか?

    桃果:私がよく思うのは、その人の見えるところだけをとらえて感情をぶつけたりすることは、すべての人にとってハッピーじゃないということです。人にはそれぞれ育ってきた環境があり、いろいろな事情があります。そういうところまで皆が広く深く想像できるようになったら、すごく優しい世界になるんじゃないですかね。
    大きく言ってしまうと、今の世の中にはちょっと愛情が不足しているんじゃないかなって。お互いに「あなたのことを思っているよ」みたいな言葉をどんどん出し合っていけば、体型に自信がない人も「私は皆に大事にされているんだ」と思えるようになるし、「私はこんな体型だから、かわいがってもらえない」という考えにはならないと思うのです。

    稲垣:そういうお考えをSNSでも発信されていらっしゃいますよね。皆さんの反応はいかがですか?

    桃果:「私もいろいろな服にチャレンジできるようになりました」とか「初めて自分の身体を愛そうと思いました」というメッセージをたくさんいただいて、すごくうれしいです。私から皆さんに直接してあげられることは何もないのですが、自分の体験を通じて楽しく生きることを表現していると、それが皆さんの心にしっかり届いていることを日々実感しています。もっと多くの方に届くように、さらに頑張らないといけないと思っています。

    稲垣:当社も事業を通じて多様性に貢献していきたいと考えているわけですが、先日、お客さまインタビューを実施したら、プラスサイズ向けのサービスをつくっているブランドがほとんど知られていないことがわかりました。ですから、プラスサイズの方々含め、皆さんが求める服に出会える場や環境が整うと、もっと多様性が進むのではないかと思っていて、まさにこれからチャレンジしようとしているところです。
    また、現実とメディアにもギャップがあります。というのも、ECサイトのモデルさんは特定の体型に偏っていて現実を反映していないと思うのです。そのギャップを埋めるような表現をECサイトでも実現していきたいと考えています。

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    ミラノでプラスサイズにこだわらないショーも

    稲垣:桃果さんは、今後何か新しいことにチャレンジしていく予定はありますか?

    桃果:一つは、これまでコロナ禍で中止していたファッションショーを来年再開したいと思っています。今まではモデルさんはもちろん、アーティストやMCも含めて全員ぽっちゃりした人をキャスティングしていたのですが、そこにはこだわらないことにしました。さらには、モデルさんだけでなく、いろいろな職業の人に洋服を着てもらえるようなイベントにしたいと思っています。
    今までは私の事務所が主体となって衣装のコーディネートなども全部やってきたのですが、一人ではやれることに限界があるので、いろいろな人に声をかけているところなんですよ。それと、9月のミラノファッションウイークに出演することになりました。さらにこれは急遽決まったことなのですが、私自身のブランドも出展することになったんです。

    稲垣:それはすごいですね!

    桃果:私自身もびっくりです!今回はプラスサイズモデルとそうでないモデルさんをミックスしてショーをやろうと思っています。アジア人である私がそういう表現をディレクションすることで、いろいろな個性をすてきだなと思ってもらえたらいいなと考えています。やがてそういうファッションショーが当たり前のものになってくる、そのきっかけになればうれしいですね。

    稲垣:サイズの多様性について、日本と海外で差を感じることはありますか?

    桃果:ヨーロッパでは細い体型の方向けの服が多いと聞いていましたが、実際にショッピングしていると、大きいサイズが店頭にちゃんと置いてあります。日本では人気ブランドでも大きいサイズはネットで取り寄せないと手に入らないことが多いです。プラスサイズモデルという言葉も普通に浸透していて「Oh yeah あなた最高だ!」みたいなノリです(笑)。日本ではまだ「何、それ?」という方もたくさんいて、そこにはちょっと温度差を感じますね。

    稲垣:幅広いサイズの展開については、丸井グループはかなり前から取り組んできました。マルイの店舗やECサイトについて何かイメージはお持ちでしょうか?

    桃果:あります。店舗に大きいサイズのフロアがあったり、靴も大きいサイズが用意されていたりするので、プラスサイズに取り組んでいる会社というイメージを持っていました。買い物しやすいな、ありがたいなって。

    稲垣:それはうれしいです。ありがとうございます。逆に買い物しづらいところがあるとしたら、どういうところでしょうか?

    桃果:丸井さんだけではなく店舗全般に言えることなのですが、ネットではサイズ展開していても店頭にはない場合が多いですね。やっぱり試着したいなと思います。

    稲垣:そうですよね、申し訳ないです。私たちも店頭で試す機会を増やしたいと思っているのですが、まずはEC上でのサイズの多様性など、実現できるところから始めているところなんです。

    「桃果さんの事務所に入りたくなりました」

    稲垣:先ほど桃果さんが、一人ではやれることに限界があるとおっしゃっていましたが、チームで取り組むことにどんな効果があると感じていますか?

    桃果:まず、大勢のほうが大きな発信力を持つということです。それをすごく感じるのは新人のモデルさんを迎えた時。一般的なモデル事務所に入る人は顔やスタイルに自信があると思いますが、ぽっちゃりさんの場合は、自信はないけどチャレンジしたいという人がほとんどで、その段階では、その人本来の輝きは放っているとは言えないと思うんです。
    それで私の事務所では「今日のファッションいいね」とか「今日のメイクはかわいいね」と言って、皆でほめ合います。私が一人でほめるより、たくさんの人にほめられたほうがうれしいし、そのことでどんどん変わっていくんです。前はお腹を出すファッションなんてできなかったのに、どんどん出すようになったりしますよ(笑)。一人ではなく仲間と一緒にいたほうがポジティブになりやすいものなんです。

    稲垣:自信がついてくると、皆さん変わっていくんですね?

    桃果:もう、すごく変わります。見た目もファッションもメイクも変わりますが、それは内面が変わったからだと思いますね。さらに実際のモデルの仕事で、それまではできなかったことにチャレンジすると、自分が殻を破ったことによって新しい未来が開け、より大きな自信が生まれていきます。

    稲垣:そういうお話を聞くと、桃果さんの事務所に入りたい人が増えそうですね。私も入りたくなりました(笑)。

    桃果:あ、どうぞどうぞ(笑)。ちなみにうちでは最近、レギュラーサイズの人の採用も始めています。体型が細い人も生きづらさを抱えていたり、魅力的な個性を持っているのに普通のモデル事務所に採用されないという現状があったりして、それはもったいないと思うので、すてきな個性を持っている方には、ぜひ仲間になってほしいと思っています。

    稲垣:桃果さんの採用基準を教えていただけますか?

    桃果:何かを人に伝えたい気持ちがしっかりある人は、つらいことがあっても乗り越えていけるのではないかと思っています。それと、歌でもトークでもファッションでも、何でもよいのですが、その人なりの手段で何かを表現することが好きな人。その二つでしょうか。何かを人に伝えたいという気持ちと、何かを好きという気持ちがあればいいです。
    ただし、その気持ちがリアルかどうかということも大切です。例えば、同じような体型の人に希望を与えたいという想いにリアリティがあるかどうか。オーディションに来る人の中には、そのあたりがリアルではない人もいます。皆に「かわいい」と言われたいという想いだけで応募してくる人もいますが、それではちょっと難しいですね。実際はオーディションに落ちまくる現実があるなど、理想とのギャップが大きいです。そういうところもちゃんと理解して、それでも自分で乗り越えてみたいと思っている人であれば必ず乗り越えられます。体験を通して自分自身をもっと強くしたいとか、人のために何か役に立ちたいとリアルに思っている人と一緒に働きたいなと思っています。

    稲垣:最後に、桃果さんが思い描いている理想の未来はどのような世界か教えてください。

    桃果:そうですねえ...人それぞれの得意なこと、好きなことでお互いの良さをもっと分かち合えたり、高め合ったりして、それでハッピーになれる未来が来たらいいなと思いますね。一人の人間には得意なことがあれば、不得意なこともあります。人が集まった時に得意不得意が組み合わさって、お互いを支え合い、そして支え合うことで一人ひとりの個性が本来の光を放つと思うんですよね。

    稲垣:「ボディポジティブ」については過去何回かムーブメントをつくった人たちがいて、その思想を受け継ぐことで私たちは活動しています。同じ志を持つ人は世界中にいますし、日本には桃果さんがいらっしゃる。私も多くの皆さんと一緒に世の中を良くしていくことにチャレンジしたいと思っています。そのためには「ボディポジティブ」の取り組みはもっと多くの人たちが協力してくれるような魅力のある活動になる必要がありますし、たくさんの人を巻き込んで大きな取り組みにしていきたいと思っています。

    桃果:期待しています。

    稲垣:ありがとうございます。これからもご助言をお願いいたします。

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    桃果 愛

    モデル、プロデューサー、デザイナー 大阪府生まれ、熊本県育ち。看護師の仕事をしながら日本初のプラスサイズモデルとして活動を始め、東京ガールズコレクションなど数多くのファッションショーや雑誌、通販カタログなどで活躍。モデル業に専念後、2017年に自らのモデル・タレント事務所GLAPOCHAを設立。プラスサイズファッションショー「TOKYO GLAMOROUS POCCHARI COLLECTION」のプロデュースや自身のファッションブランド「Momo Amour」も手がける。

    稲垣 賢二

    株式会社ムービング ロジスティクス推進本部 システム部 2010年、丸井グループの(株)丸井に入社(キャリア採用)。マルイのECのWebマーケティングやシステム担当を経て、現在はムービングにて物流関連のDXや新規事業を推進。2022年より、「ボディポジティブ」をテーマにした取り組みをファッションECの領域からスタートさせた。

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    • https://voi.0101.co.jp/voi/content/01/sp/sizy/index2.html?cid=tmr_ws_pc
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